殺人踏切、第二町谷踏切の怪(埼玉県上尾市) | コワイハナシ47

殺人踏切、第二町谷踏切の怪(埼玉県上尾市)

高崎線には大宮を越えてから、鬼門となる踏切というのが幾つか存在する。その一つが北上尾と桶川駅の間にある、第二町谷踏切だ。

近辺に墓と神社があり、自転車が通るのがやっと、という狭い踏切であり、中には毎日電車を使っていても、気付かない人が居る位、地味な踏切である。

その手前、北上尾駅を出てすぐの踏切が悪名高い為、目立たないのだが、私自身はこちらの小さい踏切でおかしな現象に出くわしている。

一九九○年、私が高校三年生の時だった。当時の私は高校が終わった後、宅急便の荷物の仕分けバイトをしていた。お中元の時期で、やたらと荷物の量が多く、幾ら仕分けても終わらない作業に疲れ果て、工場を出た時は手が痺れて肩が痛いという状態だった。

音楽を聴きながら、一七号という大通りから、桶川の方に戻り、いつもこの小さな踏切を渡って、桶川駅に向かうというルートで帰って来ていた。

非常に小さい、暖色系の街灯があるだけで、一・五メートル程度の幅しかない踏切。渡るといっても、物の数秒で渡り終える程度の距離でしかなく、特にそこを意識した事も無かったのだが、友人Aの近くの踏切における怪体験を聞いて以降は、何となくぞっとする気がして、胸中では念仏を唱えて(効果があるかどうかより、そうする事で心丈夫だったのだろうと思う)渡るようにしていた。

その日は仕事の終わりが一時間半延び、二三時半頃、その踏切に差し掛かった。すぐに分かったのは、いつも人寂しいその踏切に、ぎっしりと人が居るという光景だった。

「え? え?」

思わず自転車を停めて、声を出してしまった。線路内に四〜五人の人影が、おしくらまんじゅうのように、ひしめき合っているのだった。

「ありゃ……何だ……」

丁度その時期は夏休みだった。よく夏休みには、近所の神社や、墓で肝試しする輩がいるので、そいつらが度胸試し的に線路でふざけているのかと思った。

しかし、全く騒ぎ声が聞こえてこない。静かもいい所で、ただ派手に手を振ったり、踊るように動いている。その奇妙な様子に、進もうかどうか、躊躇ってしまった。

イヤホンから騒がしく流れる洋楽が、場違いな位に明るく歌い上げている。思わず気付かれると思い、電源を切った。

目が馴染んできて、連中の様子をもっとよく観察してみた。

腕は何人かが出鱈目に動かしているようで、中空を掻き毟るような動作を繰り返している。足は、大げさにいえばコサックダンスのような動きというのだろうか、膝から下を前に放り出しては戻すような動作で、これまた奇妙な印象だった。そこまで暴れているのに、集団はピッタリくっ付いて、バラバラにならず、塊のようにもみ合っている。

そのうち、連中は頭を左右にブルブルと振り始めた。パンクロックのライブで見られる、モッシュピッドのような様相を呈しており、段々と動きが終末的な雰囲気を醸し出し始めた。

私は最早目を逸らす事も出来ず、じっと見つめていたのだが、その連中の誰かが、犬を抱いたまま暴れているようだった。人の頭の群れの中で、時折犬の顔が見えるのである。

「ああ、あれじゃ胸に抱いてたって、揉みくちゃにされてるだろうな、何やってんだよあの馬鹿共は!」

動物好きなので、馬鹿な飼い主に付き合わされ、振り回されているその犬が不憫で仕方なかった。これは一丁文句言ってやっか、と思い、自転車を漕ぎ出そうとした時だった。神社の方から黒い影が走り出してきて、集団にぶつかるように加わると、そのまま集団に溶けるように消えてしまった。

溶けたとしか言えない、体積を感じさせないぶつかり方で、反動で弾かれるでもなく、胴上げのように集団の頭上に乗り上げるでもなく、スーッと影の本体に吸い込まれ、形が分からなくなってしまった。

あ、これはいかんな、俺はおかしい物見てるな。そこでハッキリと認識し、自転車を反転させ、別の道を行こうとした時、後ろで初めて音がした。

いつの間にか、イヤホンが耳から外れていた。妙な汗をかいていた私はそれにも気付かず、重いペダルを必死に漕ぎ出していたのだが、それを遮るように、

「ザジャッザジャッ、ブ……チッブツッ……ジャジャッガジャッ……」

嫌な音がしていた。あの集団が、線路の石が盛ってある部分を移動し始めた、そう思った。どちらに移動したのかは考えたくも無かったし、その他の音が何なのかは分からなかったが、私は再び一七号に向かって走り出し、二度と振り向かなかった。

家に帰ると、体に異変が起きた。高熱が出て、それから四日間、全く動けず、寝込んでしまったのである。医者にも行ったが、風邪でもなく、他に目立った症状も無く、

「まぁ、疲れたんでしょう。この暑い中で夏バテしたんでしょうな」

という、医師の適当な診察を経て、ビタミン剤等を渡されたが、特に効果も無く、逆に五日目には嘘のように治ってしまった。

やはりあの区間には何かあるんだろうなと、自分的には確信した出来事だったのだが、そのしばらく後、二○○○年前後位から、ネット等でこの踏切が心霊スポットだという書き込みが見られるようになり、一部の好事家の間では有名になってしまった。

それらの人の書き込みを見ると、やはり線路や踏切周辺で、おかしな人影を見たり、それらに追いかけられたという話がメインだった。

私が二〇代の頃、雑誌でお世話になり、個人的に親交のある女性がいる。年齢的に一回り上の先輩なのであるが、ごく普通の主婦で、昔から感が強く、霊的なモノを見ていたらしい。その人に、一度この踏切を見てもらった事がある。

彼女曰く、霊団という霊が集合して玉になったようなモノが居て、仲間を増やそうとしているとの事だった。そこまで行くと私には全く理解の外という感じなのだが、何も詳しい説明や、過去の現象も教えていないのに、

「ここら辺で死んだモノ、例えば犬や猫でも、この塊は取り込んでるのよ、だから怖いよ。人間的な思考が少しでも残ってれば、説得とか、行動の予測がつくけど、こうなったらもう分からないもの。人間を基にして、犬が見えるな、顔も手も足も凄く一杯あるのよ。これじゃ動く時も相当目立つでしょうね。見える人が見たらびっくりするわよ。ちょっと怪獣みたいな見た目だから……」

どこに居るかまでは分からないと彼女は言った。ここら辺一帯に良くない気が溢れていて、よく見えないという。事故や死者が出ると、どこからか飛び出て来て、その周りを回るんだろうという話だった。これはまぁ、見える人の話だが、近隣に住んでいる人なら、何故か事故が多いという事には同意してくれるだろう。そんな踏切である。

関連話
殺人踏切、第一町谷踏切の怪(埼玉県上尾市)

シェアする

フォローする