痴漢山の怪 一(埼玉県上尾市) | コワイハナシ47

痴漢山の怪 一(埼玉県上尾市)

埼玉県上尾市藤波、それが私の幼少期に住んでいた場所である。

通っていたのは大石小学校。校庭が広く、周りに大宮ゴルフコースがあり、自然豊かで一見素晴らしい環境に見えるのだが、それは学校近辺に住んでいる子達にとって、である。

藤波地区は通学路の距離が最長の区間になり、高学年の子でも三〇分から四〇分は余裕でかかり、低学年の子達では一時間近くかかるのが当たり前であった。

それだけに、通学路の途中にある農家や、車の修理工をやっている家が、好意で庭先の水道を開放してくれていて、挨拶さえすれば水を自由に飲ませてくれた。のんびりした時代だったのかもしれないが、私達子供にとってそこはとても安心出来る避難所だった。

痴漢山。名前からして胡乱なこの場所の正体は、広めの林が幾つかの道路で区切られた区間であり、そのうち最も外側に当たる道路が、通学路の一部分だったのである。その林の前後には人家が無く、桑畑、田んぼ、畑等が広がっており、子供達にとっては寂しい場所ではあるが、湧き水のある小川があったり、カブトムシやクワガタの捕れる木々、ザリガニの釣れる穴場の用水路……挙げれば切りが無い程魅力を秘めた場所でもあった。

従って、その痴漢山の近辺では、帰り道に道草を食う子供達の姿がよく見掛けられたし、私自身も遊び倒した場所ではあるのだが、そこで遊ぶ子供達には一つのルールがあった。それは、影がはっきりと見えるうちに帰るというものだった。

影がはっきり見えるうち、といっても曖昧な基準で、腕時計を持っている訳でもない当時の子供達は、グループのリーダーや、仲間内で指導役の者が声を掛け、一斉に帰り支度を始めて引き上げていたのである。

数々の遊び場を、衛星のように周囲に従えた、その小高い林はいつの頃からか痴漢山と呼ばれていた。由来は、小学校高学年の女子生徒が、白い乗用車の男にさらわれた、という事件があってから、午後三時から五時の間は、父兄が二、三人、当番制で痴漢山の入口にあたる道の前で、生徒の下校を見守るという制度が出来たからだ。

当番で立つ者を「痴漢当番」、立つ場所を「痴漢山」と名付けたらしい。本来は名前等無い場所であったが、親達がそう呼ぶのに従って、子供達もそう呼び出した。

昭和五七年、小学校三年生の時、相次いで痴漢被害が学校に寄せられ、当番が三人体制に強化された。本来通学路でなかった、一本林の奥に入った道も、見回りがされた。これは通学路違反といって、本来設定された通学路を通らずに帰っていた生徒が、痴漢に遭ったり、車で連れ去られそうになったりという事件が起きた為だった。

同時期に、痴漢山に痴漢が住み着き、下校時の女子生徒を狙っているという噂が、その通学路を使う子供達の間に広がった。私は、仲間を六人集め、土曜日の午後三時近くに、痴漢山の入口、半日授業の為、当番が早めに終わるのを見越し、当番終了後に集まった。

目的は「痴漢の発見と退治」だった。金属バット、爆竹、硬球、投げ縄、石等、考えられる武器と、水筒に入れた飲み物を持ち、夏の初めの午後、自転車で集結したのだった。

痴漢山は、森に近い規模を持つ林で、入口の道を上っていくと、開けた野原に出る。そこが丘の頂上で、その周りは鬱蒼とした林である。普段は親達に厳重に立ち入りを禁止されているのだが、その日の我々は妙な使命感に燃えていた。

今思えば、無謀以外の何物でもないのだが、同学年の女子生徒が痴漢に遭い、その子は男子生徒の間ではかなり人気が高い子だったのだ。それ故、彼女に好意を覚えていた男子達が集まり、子供なりの精一杯の怒りと、持ち得る道具で痴漢を捕まえ、警察に突き出そうという事になったのであるが、失敗時の大惨事を考えていないのが子供らしい発想だ。

ここから、私と痴漢山の因縁は、一五年間に三度の探索・取材をもって続いて行く事になる。そして、その度に不思議な現象に遭遇し、更に時間を経て、ここに顛末を記す事になったのである。

一度目の探索。

自転車を停め、全員で隊列を作って進む。先頭は体が大きかった私と、友人のSが担当し、各々バットを持つ。その後ろは足の速い順に並び、硬球や石を持ち、援護射撃が出来るように準備していた。自分達としては万全の態勢で、頂上への道を上がっていく。

頂上は開けているとはいえ、草は子供達の胸元まで届く高さであり、探索には時間がかかった。ひとしきり見て回ったが、変わった所は見受けられなかった。少なくとも、その時はそう思ったのだが、肩透かしを食らって帰る間際、異変が起こった。

「ねぇ! 女の子がいるよ!」

「何が!? いいから行こうぜ、腹が減ったよ! サエン堂行ってお菓子買おうよ!」

「違うんだよ! 白い服着た女の子が奥に入って行ったんだよ! 本当だよ!」

叫び出したのは、仲間内でも最も背が低く、華奢なYだった。

答えたのはSで、彼は初夏の陽気に汗をかき、小学校近くの駄菓子屋に行く事に、既に意識が行っていたので、投げやりな答えをしていた。

「Y! どこだよ!? 俺見に行くから! 教えろよ!」

私がそう言うと、Yが私の横に来て、指で方向を示す。それは、ある一本の大きなクヌギの木がある所で、私達にはノコギリクワガタの捕れる秘密の場所として有名で、ノコの木というあだ名があった。

「何だ、ノコの木じゃん。おい! ノコの木の方だって! S行こうぜ!」

私は腕力的に頼りになるSを呼んで、残りのメンバーに援護を頼んだ。それぞれ手に得物を持って、私とSを囲むように陣取った。

「白い服の女の子が入って行ったんだって! 連れてくるから、間違えて石投げるなよ!」

「本当かな? 男だったら、クワとか捕りに来るかもだけど、女は入らないぜ?」

「俺もそう思うけど、Yが見たっていうし、一応見に行ってみないとなぁ」

私とSはノコの木目指して、草をかき分け、林の中に入って行った。最初に見た時は気付かなかったが、ノコの木の裏側に、段ボールハウスが作ってあり、その外側を、ビニール紐でざっくりと碁盤目状に仕切っている。そこに草やつる等をデコレーションした秘密基地然とした小屋だ。見事なカモフラージュで、ちょっと見ただけでは分からないレベルの作りだった。同時に、異臭と不気味な雰囲気が立ち込めているように思えた。

「おい、こんなのあったか? さっき見た時……」

「無かったと思うけど、あるもんなぁ、これ変な臭いしないか?」

Sの問いに答えながら、バットで小屋の壁を突く。ガサガサ音を立てながら、小屋が揺れる。正面に回ってみると、青いビニールシートが掛けてあり、そこが入口のようであった。Sと二人でゆっくりシートを持ち上げると、薄暗い小屋内が見え始める。すぐさまポケットから小さな懐中電灯を出し、スイッチを入れた。そこら辺の動作は子供ながら、悪ガキだった事もあり、慣れた物だった。

「う! 何だよこれ! 変態じゃん、気持ち悪りぃ!!」

小屋内には、古着のような服が散乱し、その上に成人雑誌が乱雑に放り出されていた。目を引くのは、写真が大量にばら撒かれていて、そこに写っていたのは、白い袖無し服を着た、可愛らしい少女だった。髪は長く、肩の少し下まで伸びていたように思う。少なくとも短髪では無かった。色々な角度から、アップもロングも含め、数十枚という写真が、全部その少女だった。

「これさぁ、痴漢の隠れ家じゃねぇの? この子、狙ってるんだよ」

Sはバットで小屋の中をあちこち弄り回しながら言った。

「それよりさ、女の子どこだよ? 多分この先は入れないぜ。居ないよなぁ」

私は自分の背より高い草をバットで倒しながら、林の奥を見渡したが、人っ子一人居なかったし、物音もしなかった。大きな蚊が集まって来て、汗だらけの我々を取り囲む。

仲間達の下に戻り、唯一持ち帰った少女の写真を一枚、皆に見せた。途端、Yが慌て始めた。自転車の停めてある入口に走ろうとするYを引き留め、皆で問い詰める。

Yは、何度も何度も、壊れたように繰り返した。

「この子! 俺が見たのこの子! この白い服の子!」

我々は怖くなり、自転車を走らせ、小学校まで疾走した。近所の駄菓子屋に駆け込むと、ジュースを買い、競うように飲んだ。最初の探索は敗北感に包まれて終わった。

藤波の子供達の父兄には、連絡網で痴漢の出没、子供達への注意を促す内容の電話が来ていたようだ。私の母に聞いても、結構な頻度で、連絡があったらしい。

当時、今書いたような無謀な探索をしていた等と言ったら、下手すると痴漢よりも我々の方が酷い目に遭っていた可能性もあるが、当時の私達にとっては、毎日使う道に出るリアルモンスターだったのだ。子供ながらに、真剣に向き合っていたのを理解して頂けたら幸いだ。

写真の子は、少なくとも藤波では見た事が無い子だったし、他の学校の生徒だったのかもしれない。私の小学生時代は生徒数が多く、クラスも八組、九組とあった時代だ。生徒数も多く、自分の学校で学年が違えば、誰が誰だか全く分からないというような状態だった。

深刻な事件に遭っていないのを祈るばかりだが、仲間が見た写真の女の子が、煙のように消えてしまった事を考えると、悲観的な推測が浮かんでくる。

そして、私にとってもこの探索を行った事で、次への関わりが幕を開け、痴漢山との長い付き合いが始まる事になる。

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痴漢山の怪 その二(埼玉県上尾市)

痴漢山の怪 その三(埼玉県上尾市)

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