二つ沼の怪 二(埼玉県上尾市) | コワイハナシ47

二つ沼の怪 二(埼玉県上尾市)

私の地元には、かつて大きな湿地と沼が密集した場所があり、子供達から地元の釣り好きの大人まで、格好の遊び場、釣り場として親しまれ、二つ沼と呼ばれていた。

小学生の時に、この沼で怪体験をした私は、中学生になると部活動が熱心な学校だった事もあり、恐怖感と部活の忙しさから、釣りという遊びからも遠ざかった。それはイコール二つ沼からも遠ざかる事を意味していた。

しばらくして、二つ沼のある一帯が整備され、工場地帯となったと聞いた。

私の記憶にあった、良き遊び場の思い出と、何度かの恐怖体験とで強烈に刻み込まれた二つ沼が無くなってしまった。寂しさと、安堵感が織り交ざった、不思議な気持ちだった。

最大の恐怖体験は前項で述べた出来事だが、それ以外にも、底なし沼にはまった低学年の子を、竿を掴ませて引っ張り上げたり、自分が落ちて、もうすぐ首まで埋まるという所を、偶然釣りに来た人に助けてもらったり、といった出来事に遭遇した。

沼が埋め立てられる、という話をしたのは、母の弟、通称あんちゃんだった。

正月は親戚一同が祖母の家に集まり、宴会と餅つきをするのを、祖母はとても楽しみにしていた。孫達も集まり、互いに近況報告をしたりと、賑やかにしていたのだが、あんちゃんが、私の父や、親戚に話し始めた内容は、私を一瞬にして鷲掴みにした。

あんちゃんは釣り好きだった。祖母の孫の中では唯一釣り好きだった私は、よく釣りに連れて行ってもらったものだった。初めて夜釣りというものを体験したのも、あんちゃんが連れて行ってくれた伊佐沼でだった。

そんな釣り好きのあんちゃんは、当然、二つ沼の常連だった。大きな鯉がいるので、それが目当てで、夜釣りなどに行っていたようだ。

ある時、仕事が三連休になり、夜釣りに行こうと思い立った。

近場なので、道具を車に積み、ひょいと出かけたのは二三時。大きな懐中電灯で照らしながら、慣れた足取りで、鯉のいる沼に辿り着き、吸い込み針に練り餌を付け、ドボン! と沼に放り込む。

夜釣りは、当然暗くて浮きが見えない。なので、竿の先端近くに鈴を付けるのだ。魚が餌を食えば鈴が鳴り、それを合図に合わせるという訳である。

「チリリッ……チリッ…チリッ……リッ…チリ……」

虫の鳴き声に包まれた暗闇に、鈴の音が小さく鳴り始める。

今と違って、大げさな装備を持って釣りなどしなかった時代で、あんちゃんも、手元を照らす懐中電灯を持っている位だった。それでも、機械が好きだったあんちゃんは、携帯ラジオで深夜放送を聞きながら当たりを待っていたのだという。

来た! と思い、イヤホンを外して、釣竿の先に電灯を向ける。

鈴が徐々に大きく、間隔短く鳴り始め、あんちゃんは釣竿を手に取る。慎重に合わせ、グイと引っ張られるのと同時に竿を引いた。

よし来た! と思ったのも束の間、物凄い力で引っ張り込まれ、竿が水面を叩く。これは相当でかい! メートル級か、ナマズのデカいのがかかったかもしれない! と思い、期待しながら竿を立て直す。

あんちゃんは身長が一八〇センチあり、ガタイがよく、力もあった。そのあんちゃんが苦労して立て直したというのだから、相当の引きだったのだろうと推測される。

じりじりと引っ張り上げ、水面が乱れてくる。もうすぐ水面に現れるという瞬間、あんちゃんはより力を込めて、一気に引き抜いた。

「ザバザバッ!」

深夜の沼に大きな音が響いたと同時に、水面に黒い影が飛び出て、辺りに凄い腐臭が漂ったという。思わず顔をしかめて竿をグイと振り抜こうとすると、糸が根掛かりのように、黒い影に引っかかり、びくとも動かなくなった。

呆然としながら、足元の懐中電灯を爪先で蹴り飛ばし、影の方向を照らすように向きを調節する。やっと方向が定まったと思った瞬間、ブチっと糸が切れ、尻餅をついたという。

その瞬間、腐臭漂う沼の暗がりから、地から呻くような、低く濁った声がした。

「た……すけ……」

電灯が照らす範囲のすぐ外で、糸が引っかかった黒い影が、ブクブクと沈んで行く。その形は何となく人の上半身のように見えたという。

匂いがより強くなり、周囲の葦藪からザワザワと音がし始めた。冷汗が噴出して、気が付いたら車に向かって全力疾走していた。

「人の声みたいなのは、確かに聞いたんだよ。あの匂いは参ったなぁ……」

ビールに酔いながら、あんちゃんはそんな話をしていた。

「あの沼は何人か沈んでても不思議じゃないなぁ、結構他の地区からも釣りに来てたろう? 地元の人間じゃなければ、慣れてないし、一人だと底なしにはまっても誰も気付かないし、助けてくれないからなぁ」

身内では一番魚獲りや釣りが上手い、私の父が答えている。父も、二つ沼にはよく行った人間である。底なし沼の怖さもよく知っている。

私は、思わず自分の体験を思い出し、祖母を見た。祖母も、目を丸くして、私を見ていた。

間違いなく人を飲み込んだ二つ沼は、今はもう、覚えている人も少なくなった。

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