吉見百穴の怪(埼玉県比企郡) | コワイハナシ47

吉見百穴の怪(埼玉県比企郡)

埼玉県比企郡吉見町北吉見三二七、古墳時代後期の横穴墓群の遺跡で、一九二三年三月七日に国の史跡に指定された。現在は有料で公開されており、史跡の入口には駐車場、自販機、売店等もあり、完全に観光・史跡名所としての運営をされているのだが、墓として利用された古墳だったという経緯もあり、昔から心霊の噂が絶えない場所でもある。

凝灰岩ぎょうかいがんの岩山の斜面に無数の横穴が空いた、異様な見た目の遺跡で、穴の数は二一九個と言われている。こうした遺跡としては日本最大規模で、穴入口の直径は一メートル程度だが、中に入るとやや広くなっている構造で、室内には台座があり、ここに棺桶を安置したと考えられている。

他の多くの古墳が土を盛り、小山を作って一つだけ玄室(横穴の死者を埋葬する墓室)がある構造であるのに対し、岩山に複数の小穴(玄室に相当する部屋)が集まった集合墳墓である。中には台座が複数設置された穴もあり、そのような穴には家族単位で埋葬がされていたと考えられている。

穴の入口には段差があり、そこには緑泥片岩という緑色の石で造られた蓋が嵌められていた。先に記述した家族単位の埋葬など、一つの穴に追葬を行う為の仕組みであり、穴の開閉を容易にする事で、一つの穴を有効利用していたのであろうと推測される。

穴の並びは場所によって不規則、規則的と分かれており、不規則な物は比較的初期、規則的な物は後期に作られたと考えらている。

こうした非常に興味深い遺跡の為、各所を自由に見学出来るようになっていたのだが、心霊スポット的噂や、物見遊山に訪れた者による損壊がある。

岩山の下方にはヒカリゴケが自生している穴があるが、関東平野におけるヒカリゴケの自生地は「吉見百穴ヒカリゴケ発生地」として国の天然記念物に指定されており、乾燥によるヒカリゴケの減少問題によって、鉢に水を入れ、湿度を保つという処置がされている事もあって、ヒカリゴケのある穴は鉄格子が嵌められ、入る事は出来ない。

この場所の心霊的噂を強化するような要素として、岩山地下に太平洋戦争中、中島飛行機の地下軍需工場建設の為、直径三メートル程のトンネルが碁盤の目状に掘られ、吉見百穴には三カ所の出入口がある。軍需工場前面に市野川が蛇行して流れていたが、用地確保の為、朝鮮人労働者が三〇〇〇人から三五〇〇人動員され、河川改修工事が行われた。トンネルはほぼ素掘りであり、奥は危険な為、途中から鉄柵で塞がれている。

岩山、素掘りトンネル等の外観から、「仮面ライダー」や「ウルトラマン」といった有名特撮シリーズの撮影に使用されており、その手の作品のベテランファンには有名な場所でもある。

更に二・五キロメートル北東には同時代の遺跡「黒岩横穴墓群」があり、これはそのまま別項で紹介した、八丁湖に繋がっていく。

近くには松山城があり、甲斐の武田氏が北条氏と連合軍で攻めた際、金山堀に穴を掘らせて地下から攻める「もぐら戦法」を用いようとした言い伝えがある。武田氏は吉見百穴を見て、その戦法を思い付いたという説があり、『八甲田山死の彷徨』で有名な作家の新田次郎氏が、小説『武田信玄』でその説を取り入れている。

筆者は八甲田山にも取材に行き、記念館や行軍地公園、慰霊碑等を回ったが、そこにはきちんと管理する人がおり、訪れる人に資料映像や、数々の品物を使った事件の説明を行い、後世に伝えていく作業がなされていた。記念館の管理人の女性は、

「ここはテレビや本で、お化けが出るように言われている。そうではなく、遺族にとっては家族の亡くなった墓であり、帰って来なかった者の家族にとってはいまだ事件が続いている場所でもあるので、心霊的に扱って欲しくないのです」

そう仰っており、私はカメラで撮影する事をせず、あくまで自分の目で見て回るだけにした、という事があった。

それに比べ、吉見百穴はいささか不幸というか、可哀想な運命を辿った場所だと思う。私がここを知ったのは、教科書に遺跡として紹介されていたからであり、その時は変わった昔のお墓、という以外の感想は持たなかった。

その後、高校生の時だったか、心霊スポットとしてその存在を雑誌の特集で知り、自分の地元にそんな恐ろしい所があるのか、と改めて認識した覚えがある。

百穴の手前には「岩窟ホテル」という廃墟がある。これは正式名称「岩窟ホテル高壮館」といい、高橋峯吉氏が明治三七年から大正一四年にかけて、ノミ一つで岩盤をくり抜いて作った洋風の施設だが、二度の落盤事故に遭い未完のまま閉鎖された。

ホテルの周囲には有刺鉄線の柵が設置されており、立ち入り禁止になっている。正面の庭には朽ち果てた遊具が二つ、草に埋もれるように放置されている。

あくまで噂だが、無断で岩山をくり抜いて作ってしまったという話もあり、今でも氏のご家族が管理されているらしいのだが、草むしりすらされておらず、非常に不気味な雰囲気を漂わせている。

私が初めて百穴を訪れたのは、一九八九年、昭和が終わった年だった。友人のお兄さんが車を出してくれ、夏休みの夜、部活の仲間と肝試しに訪れた。ただし、その時のメインの目的は岩窟ホテルで、庭で夜に子供霊が遊ぶとか、二回の窓に女の顔が覗くという噂があり、是非写真に収めようという事で、四人でやって来たのだった。

吉見百穴の駐車場入口にあたる場所に売店があり、そこに案内の看板があるのだが、その後ろが岩窟ホテルで、暗闇に埋もれるようにひっそりと存在している。

草は当時も伸び放題で、遊具は半分以上も草に飲まれ、高い有刺鉄線の柵の向こうでおぼろげに姿を見せていた。この売店は、高橋氏のご家族が経営しているとの話があるらしいが、真偽の程は定かではない。

百穴の駐車場にある自販機で飲み物を買い込み、車内から観察を続けていた。現在では百穴の手前、すぐ近くにコンビニエンスストアがあるが、その当時は何も無く、自販機位しか明かりは無かった。

眺めて一時間も経った頃、運悪くバイクの一団がやって来て、駐車場にたむろし始めた。この頃の百穴の駐車場は、近辺の不良のたまり場となっており、度々、肝試しに来た大学生や何かとのトラブルがあったと聞く。

その時は六〜七台の派手なバイクがやって来て、円陣のように並べてバイクを停め、煙草などを吸い始めた。そのうちこちらの車にもちらちらと視線を向けて来て、気にしているようであった。

お兄さんが我々に帰ろうという事を言った。

「皆、中途半端でつまらないだろうけど、あいつらとトラブルにでもなったら、親御さんに説明出来なくなるからね、悪いけどもう帰ろう。また別の時に来るか、他の所に行こう。写真は十分撮っただろう?」

我々は特に反対しなかった。もう少し色々探ってみたいとは思ったが、確かにバイクの一団と喧嘩にでもなったら、お兄さんに全ての責任がかかってしまうし、我々も部活停止にでもなったら尚まずい。

我々が話し合っていると、バイクの一団は百穴の方に消えて行った。どうやら我々を相手にするより肝試しを優先したらしい。少し時間が稼げたという雰囲気が車内に広まって、取りあえず写真の確認を皆でしようという事で、ポラロイドで撮った写真を並べ始めた。夜間は写りが悪いので、懐中電灯を全員で持ち、撮る方向を照らすという、悲しいまでのアナログな人海戦術で、岩窟ホテルのあちこちを撮影していた。

「う〜わ、写真で見ても不気味だな……やっぱりあの遊具は嫌だなぁ……」

「庭は気持ち悪いよね。草伸び放題だしねぇ……何か煙みたいな物は写ってるな」

「こっちの写真にもあるよ? これ心霊現象かな?」

「う〜ん、それだけじゃ何ともな。でも霧は出てないよな」

やはり全員心霊好きなので、写真を見るとテンションが上がる。天気はよく、霧等は出ていなかった筈だが、何枚か庭を写した写真に、白い煙の帯のような物が写っていた。オーブが有名になる前は、一番ハードルの低い心霊的写真はこの煙(私的にはオーラと呼んでいたが)が代表的な物だった。

「結構写ってるね。やっぱり噂通り庭が何かあるのかな?」

「あの窓も嫌だね、ほら見てよ、窓の所にも煙があるよ?」

岩窟ホテルの二階にあたる窓は、鉄格子の枠がはまっており、そこから女が覗くという噂がある。私達が撮った写真には、窓の中から外に向かって白い煙が流れ出ているような写真があった。

私の見て回った感想だと、庭よりも窓だった。確かに何か噴出しているような、妙な感覚があった。勿論、内部が真っ暗で恐ろしい雰囲気だからというのもあるが、何だか開業出来なかった作者の念がこもっているような気がした。

全員でああだこうだと写真を眺め回していると、車の外から異様な音が聞こえた。

「ギッ……イイイイイッ……ィッ……」

全員動きが止まり、顔を見合わせてしまった。

お兄さんは煙草を吸おうと、運転席の窓を開けていた。それだけにハッキリ聞こえたのだが、金属のこすり合う、鈍い音がした。しばらく黙っていると……

「イイイッ……ギィッツツイイッ……」

なんと再度音がした。今度こそ聞き間違いでもなく、全員が音の発生源を確かめる時間もあった。どう考えても、ブランコが動いた。

いや、動いている。鎖から何から、草や蔦に覆われ、とても動く様子ではないのだが、目の前で草と共に揺れているのを見ては認めざるを得ない。

風か? とも思ったが、それ程強い風は吹いていない。草むらから頭だけ出ているようなブランコが揺れるような風ではない。第一、他の草むらは殆ど揺れていない。風なら草むら全体がザワザワと揺れていないとおかしい。

「動いたよね? 見えてるよね、皆」

「あそこの草むらだけ動いたね。他は動いてない。何だあれ……」

言い合っている目の前で、揺れ続ける草むら。友人がポラロイドで必死に写真を撮っている。ビデオカメラがあればと思ったが、その時は持っていなかった。

心霊現象というには随分物理的な出来事だったが、長時間起こっていたので、全員が見て確認する事が出来た。

「皆そろそろ帰ろうか? 何だか不気味な気配が漂ってる気がするよ」

お兄さんがそう言ったので、我々も従った。誰ももう少し残っていようと言い出さなかったのは、暗闇に一人で揺れるブランコを見て、威勢が削がれたからだろう。

お兄さんが車のキーを探してポケットをごそごそとやり始め、我々は写真を片付け、ライトをカバンにしまい始めた、その時だった。

「うひゃあああああっ!!」

駐車場の奥、自販機の更に後ろの暗闇から、バイクの一団が走り出てきた。

「あちゃ〜戻ってきたよ。まぁいいや、何も関係ないんだし、早いところ帰ろう」

お兄さんはキーを回し、エンジンを掛ける。車がゆっくりと動き始める。

しかし、バイクの一団は意外な速さで、次々と我々の横を通り過ぎ、出て行ってしまった。何を恐れているのか知らないが、飲みかけの缶や、タバコの箱まで転がっている。とにかく全員が叫び声をあげるように急いで駆け出してきて、そのまま風のように消え去ってしまった。

「何だよあいつら……」

「えらく慌ててたな。見ろよ、荷物も何も全部残していったじゃん、あ〜あ、片付けろよ全く。遺跡なんだからなここ」

私達は拍子抜けし、各々文句等言いながら、車外に出た。下手したら喧嘩になるかもしれないという緊張感も無くなって、安堵していたの半分、先程の現象で重くなった空気が一旦途切れたので、ここぞとばかりに動き出せたの半分で、皆バイクの一団がいた、百穴の駐車場に向かって歩き出した。

「何があったんだろうなぁ、しばらく居そうな雰囲気だったのに」

「どうする? 百穴行く? あいつら居ないんだったら見に行けるでしょ?」

私がそう言うと、皆悩ましい顔をして考え込んでしまった。

気持ちは分かる。ここまで来たのだし、どちらかと言えば百穴の方が場所的にはメインなので、見に行きたいのは山々だが、バイクの一団が逃げて来たのは何か理由がある筈で、それがさっきのブランコのようなモノが正体だったら、と考えているのである。

「ま、少し見て帰ろう。時間も結構深いし、さっと行ってさっと帰って来よう」

お兄さんの意見に従い、四人で歩き始める。

しばらくすると、岩山の斜面に無数の穴が空いた横穴群が現れる。やはり墓として使われていた場所だから、それほど愉快な物ではない。空気としては特に重くはないが、遺跡全体の威圧感がある気がする。

ある程度見て回り、写真も撮ったので、そろそろ戻ろうと声を掛け合った。我々がぞろぞろと歩いていると、最後尾に居た友人が急に走り出した。

「出た出た! 走れほら!」

大声と勢いに押されて、皆訳も分からず走り出す。一体何が起きたのかと聞くと、後ろを見ろと無言で指を何度も突き出す。振り返ると、これから進もうとしていた岩穴のそこかしこから黒い影が這い出していた。

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