神流湖の怪(埼玉県児玉郡) | コワイハナシ47

神流湖の怪(埼玉県児玉郡)

左岸は群馬県藤岡市保美濃山、右岸は埼玉県児玉郡神川町矢納、一級河川、利根川水系神流川かんながわに建設されたダムで、ダム湖は河川名をとって「神流湖かんなこ」と呼ばれる。利根川水系八ダムの一つで、矢木沢ダムに次ぐ第二位の規模である。

堤高は一二九メートル、提頂高六〇五メートル、流域面積三二二・九平方キロメートル、湛水面積三二七ヘクタールという大きなダムで、利用目的は洪水調節、不特定利水、灌漑かんがい・上水道、工業用水・発電等。要は何にでも使えますという万能ダムだ。

一九五九年に着工、一九六八年に竣工。二〇〇五年にダム湖百選に選ばれている。

ダムの心霊スポットお馴染みのロケ使用歴は、「宇宙刑事」シリーズ全作、他その後継シリーズが使用しており、ご用達といった趣である。

ダム湖である神流湖は人造湖で、湖岸は春にソメイヨシノの名所として知られている。魚類も多く、埼玉県側のひょうたん島周辺等多くの釣りスポットがあり、他にも長瀞、富岡製糸場、秩父といった観光名所、名勝も近くにあり、有名な地域でもある。

さて、こうして書いておいて何だが、埼玉に住んでいる者にとっては心霊スポットとしても昔から有名で、そのスポットの多さでいえば最強とか、一番等と形容詞がつく所でもある。

メインはダム湖にある橋なのだが、その近辺に碑があったり、廃屋があったり、近くのトンネルが化けトンだったりと、ちょとした大型複合スポットで、肝試しには事欠かない。多くの噂が地元の若者の間で噂になってきたが、その中で印象に残った、この話を書いてみようと思う。

私の高校の後輩で、KTという男がいた。人懐っこい性格で、私の事を先輩先輩と慕ってくれたのもあり、卒業後もちょくちょく飲みに連れて行ったりしていた。

高校の一年から付き合っていた彼女さんと、卒業後二年ほどして結婚し、工事関係の工具の販売会社に就職し、小さいながら自分の家庭を築いていた。

学生の当時からサーフィンとバイクが好きで、卒業すると免許を取り、週末の会社の休みにはドライブがてら海デートをするのが定番のスケジュールだったという。

ご機嫌伺いに時折電話を寄越しては、どこかいい所ないですか? と聞いてくるのが常だった。いい所というのは、要は心霊スポットという事で、学生時代から自発的に見に行ったり、私がその頃はもう心霊系の仕事をしていたのを知って、情報を聞くなら桜井だろうという事で聞いてくるのだった。

私も、物理的にヤバい所や、あまりにも陰惨な場所は教えず、ある程度雰囲気で楽しめそうな所を紹介していた。

奥さんの方は、二人のそうしたドライブデートをビデオカメラで残して、編集し、アルバムのように残しておくのが好きな人だったので、結婚を機に夜間撮影も可能なナイトショット付のカメラを購入し、出かける時には撮影係をする事が役目となっていたようだ。

こうした経緯でもって、若い二人は夜にデートがてら心霊スポットに行き、ビデオを撮って楽しんでいたのだが、ある蒸し暑い夏の初めに、いつものように電話が来た。

「先輩お久しぶりです、KTです! 今週末でも飲み行きませんか?」

あいよ、という事になって、週末新宿の飲み屋で落ち合った。元気そうな顔で現れた。

しばらく近況報告をし、いつもの話になった。

「先輩最近はどうですか? いい所ありますかぁ?」

「好きだねぇ、相変わらず。でも殆ど紹介しちゃったからなぁ……」

「ちょい遠くてもいいですよ。新しいタイヤにしたんで、足慣らししたくて……」

では、という事で教えたのが神流湖だった。

「橋は、結構飛んでる人もいるから、長居しない方がいいよ。車で回るなら、トンネルとかその周りの廃屋とかあるから、そっちの方が雰囲気あっていいかもね」

「分かりました! ナイトショットでばっちり撮ってきます! そしたら先輩に見せますね! 楽しみにしてて下さい」

こうしてKTは帰っていった。私は彼が変わらず楽しくやっているのを確認して嬉しかった。彼の家は事情があってお母さんしかおらず、苦労して高校を出た。今の人には大学や専門まで出るのが当たり前かもしれないが、当時の彼は高校を三年間全うするにも、バイト漬けの放課後を送っていた。おふくろさんに負担を掛けたくないと、生活費を毎月入れていた。私は良く、バイト前に高校近所のラーメン屋や、ファミレスに連れて行き、食事を奢ったものだ。それ故、彼が若くして家庭を持ち、奥さんが農家の出身で、親の面倒を見るのに抵抗のない、今風の子では無かったのもあって、おふくろさんと三人で仲良く暮らしていると聞いて、親孝行で果報者だと褒め、何となく誇らしかったものだ。

そうした後輩の頼みなので、神流湖ドライブツアーをお勧めしたのだ。

二週間程して、再びKTから電話がかかってきた。

「あ、どうもKTです。先輩今週末って時間ありますかね? もし良かったら、家来て飲みませんか? うちのも待ってるんで」

奥さんも同じ高校の後輩で、当時から良く話していたので、顔見知りだった。

「お邪魔して大丈夫かい?……そうか、分かった、伺うよ」

そう言って、私は電話を切った。どうも声に元気が無いのが気がかりだったが、会えば分かるだろうと思って、そのうち仕事に追われ気にしなくなった。

一週間後、土曜の夕方にKTの家を訪れる。おふくろさんとも久々にお会いして、大量に買い込んで来た肉ですき焼きをする。

奥さんも元気そうで、相変わらずうっすら日焼けしているのは、運動やサーフィンといった趣味を続けているからだろう。楽しく騒いで食事が終わり、KTの部屋に三人で移動。

既にテレビにビデオが繋がれていた。

「あの、先輩に見てほしいのがあるんですよ」

「え? いいけど。あ、どうだった? 神流湖面白かった?」

「あ、その事で今日、来てもらったんですよ、なぁ?」

横に座る奥さんが何度も頷いている。どうもいつもの雰囲気と違い、緊張感がある。

「ま、見て下さい」

そう言ってビデオを再生し始めた。画面には紹介した廃墟を見物する様子を主観カメラがとらえている。私が紹介したのだから、当然建物のレイアウトは分かっているし、その様子にも変わった事は無い。先頭をKTが後ろに奥さんが続き、歩き回っている。

KTがビデオとライトを持っているようで、垂れ下がった蔦や、倒れ掛かった木の枝などがあると、画面外から白い手が伸びて、KTが通れるように避けている。これは奥さんが後ろにでもいて、気を利かせているのだろう、見た目は褐色で行動派のボーイッシュタイプだが、実際にはおふくろさんと仲良く、本物の親子のようにやり取りしているのを見ると、良く気の付く、気立てのいい嫁さんだと感心する。

そうやって奥さんが障害物をどけて、KTが撮っていくという感じで、一通り回り終え、ビデオは終わった。

「終わった、どう? 怖かったろう? 結構ボロボロだからな、あそこ」

「あ、そうですね、ええ」

「何だよさっきから、何かあったのか? 気になるじゃないか、おい」

「もう一回見てもらってもいいですか?」

KTがそう言うので、巻き戻して最初から再生する。先程と同じ、KTがそこらをライトで照らしながら進み、カメラを構えて喋っている。障害物があると、手が伸びてどけてくれる。そこをずんずん進んでいき、一通り見終わると、KTが帰ろうかと声を掛け、映像が終わる。約二〇分程のビデオである。

「……うん、見たよ。おかしな事は無いんだけど、どうしたの?」

「先輩でも気付かないかぁ……」

KTが困ったような顔をして、腕を組んでしまった。奥さんも同じように困った顔をしてテレビ画面を見つめている。一体どうしたのだろうか?

私は再度リモコンを手に取り、テープを巻き戻す。ガッチャンという音がして、巻き戻しが終わった。三回目の再生を開始する。画面の隅々まで目を走らせるが、何も見つけられない。

窓や、壊れた壁など、何かが顔を覗かせているんじゃないか? 画面の端に、一瞬何か見切れるのではないか? そう思い、念入りに見るのだが、全く何も見つけられない。

KTの方を見ると、リモコンを貸してくれという顔をするので、手渡す。すると、またテープを最初に巻き戻しながら、KTが奥さんを見る。

ん? と思っていると、KTが奥さんの腕を掴んで持ち上げ……。

「これです」

一言だけそう言った。

私は思わず声を上げてしまった。巻き戻しが終わり、KTがリモコンを渡してくる。受け取ってすぐ、再生を開始し、早送りをする。

KTが進んでいき、最初に蔦が下がっていて、画面外から手が伸びて来て、蔦をどける場面で一時停止する。

画面内の手は白く、暗い廃屋内ではより白く、薄い燐光をまとっているように見えるのだが、KTの奥さんは高校の時からサーフィン等が好きで、どちらかというと浅黒い肌をしている。確か、日焼けサロンに通っていると聞いた事がある。

今でもだ。

ところが、画面内の手は正反対に白く、精気が感じられない程ゆったり動く。

言葉を失っていると、奥さんが付け加える。

「私は、怖くて旦那の後ろにいて、服を掴んで歩いていたんで、手を出してないんです。それに、手を出しても、旦那より先になんて届かないですしね……」

一瞬にして背筋がぞっとした。言われてみれば、横にでも並んでいない限り、先にどかすなんて不可能だ。では、誰が手を出しているのか。

「誰、なんですかね?」

KTが気になる言い方をした。え? と思って顔を見ると、画面を指さした。

「……うわっ!!」

KTが指さしたのは白い手の指先。思わず釘付けになったその指先には……

「爪……無い……」

そう、その手は五本の指全てに爪が無く、ただ肉の塊のような棒の指が、画面内でひらひらと動いていて、すーっと画面外に消えて行く。

どう考えても、奥さんの手どころか、人間の手ですら無くなってしまった。

「何だよこれ……」

「相談てのはこれの事でして……先輩、このテープ、どうしたらいいですか?」

私は持っているべきでは無いと判断し、自分のお世話になっているお寺を紹介した。後日、一緒にテープを持って行き、事情を説明して、テープをお焚き上げしてもらった。

何かあるとまずいので、KTと奥さんに付いて来ないようにと説得してもらう。最後に和尚と一緒に手を合わせ、手の主が成仏するようにお経をあげてもらい、成仏を祈願して線香を焚く。

ビデオテープが燃えて灰になって行くのを見て、KTが安堵したように息を吐いた。奥さんも本当に良かった、どうしたらいいか分からなかった、手元にテープがある間中、寝られなかったと言っていた。

私もこれ程ハッキリ映ったのは初めて見た。携帯で何枚も写真を撮ったので、後でそれらを識者に見てもらおうと思っていたのだが、二度目に寺を訪れ、同じように経をあげてもらった後、和尚が言った。

「どうやら聞き入れてくれたようで……この世に残した痕を全部消したようだ……」

家に帰り、携帯を見ると、撮った写真が全部消え、代わりに壊れたデータが残っていた。KTも奥さんも、今は子供二人を育て、元気にやっている。

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