畑トンネルの怪 一(埼玉県飯能市) | コワイハナシ47

畑トンネルの怪 一(埼玉県飯能市)

明治四三年三月三一日に完成した、埼玉県初の煉瓦巻きトンネルで、近代歴史遺産なのだが、地元では心霊スポットとして有名になってしまった場所である。長さ七八・三キロメートル、高さは約四メートル程度で、開通から七七年間県道として使用され、昭和六二年一二月二四日、バイパス道の完成により市道となった。

心霊スポットの起こりとなるような明確な理由は何だろうか?

近所に人家が無く、トンネル内も照明が無い等、暗闇の中に佇むような場所故、付近で不可思議な体験をしたという話が多く聞かれたが、犯罪・事件などは殆ど起きた事が無い、と郷土資料には書かれており、意外にもこれという事件は無いように見える。幾つか強盗事件はあったようだが、これが原因! というような物は確認出来なかった。

恐怖体験は数多くあるようだが、要約するとトンネル内で霊に追いかけられるという物が大半で、おばあさん、女性、白い影がその代表的な追跡者の姿である。

平成一〇年の土砂崩れ以降、トンネルは閉鎖され、ゴミの不法投棄場所になってしまい、一層異様な様相を呈している。

私が訪れたのは、昭和五八年、小学校四年生の頃のある週末だった。

父は仕事が忙しく、普段はあまり話す時間も無かったが、月に一、二回は完全休日を作り、家族サービスをしてくれていた。

お決まりのコースは、大宮に出て映画、食事、ゲームセンター、ドライブという流れで、その日は遅くまで起きていても怒られなかった為、とても楽しみにしていた。

その日も一通り周り、ドライブをしていた時だ。父が肝試しに行こうと言い出した。母も乗り気で、どこがいい、ここがいいとあれこれやって、畑トンネルに行こうとなった。

私は車に揺られ、いつの間にか眠り込んでいたらしい。

「着いた! あ〜こりゃ凄いや、真っ暗だな……」

父の声で目が覚め、運転席と助手席の間から顔を出すと、目の前に巨大な暗闇があった。つまり、トンネルは照明が無く、周りは林、人家も無いのでどこがトンネルか、林か、さっぱり分からない。ただ黒一色のカーテンを並べたような景色で、車のライトが辛うじて地面とその左右の雑草を照らしている。どうやらトンネルに至る道路のようだ。

「仕事仲間に若いのがいてな、肝試しに来て、洒落にならなかったらしいよ。確かにこれだけ真っ暗じゃ無理もないなぁ……」

「パパ、ちょっと気を付けて走ってよ? まさかこんな所、人は居ないと思うけど……」

「ああ、もう一二時回ってるのか……でも、ぶつけちゃたまらないからな」

そんな事を言って、父が車をゆっくり進める。ヘッドライトが辺りの輪郭を浮かび上がらせて、漸くトンネルの入口アーチの姿が見え始める。

父と母は色々とトンネルにまつわる話をしていたので、このトンネルに対する期待感、とでもいうのだろうか? が、あったのかもしれないが、その時の私にとってはただの暗い道でしかなく、そのトンネルも謂れを知らないのだから(父は話したのだろうが、寝ていたのだ)期待のしようも無い。正直退屈していたと思う。

車が入口から入ってしばらくした時、車が急に右に鼻先を向け止まった。

「どうしたの!?」

「何かぶつかってハンドル持ってかれたんだ! 踏んだかな!?」

「嫌だ! パパ、見てこないと!!」

「分かった! 懐中電灯取ってくれ! ダッシュボードの中!!」

父が出て行き、車の周りをぐるぐる周回し、調べている。暗い闇の中に光の輪が走り回り、やがて父は手ぶりでトンネルの入口を見て来ると言って、暗闇に消えて行った。母はしきりに、人でも轢いてたら大変だわ、と呟いていたが、どう考えてもこの中を明かりも持たずに歩いている人がいるとは思えない。

いきなり、運転席が開き、どざっと人が乗り込んできた。

「パパどうだった? 誰か……」

母がそう言いかけて止まったので、私も思わず乗り出して運転席を見る。

目が大きく、ぎょろっとして、髪が頭頂部、左右にばさっと伸びた、見知らぬ痩せた男が座っていた。良くは覚えてないが、ランニングかTシャツ姿だったと思う。

母も私も、てっきり父が戻って来たと思ったので、呆気に取られ、怖さすら感じていなかった。ただただびっくりして、それ以外の感情が無かった。

我々が何か言う前に、その中年男性が、私と母に向かって、無表情に……

「この先で、ちょっと左だわ!」

右腕を忙しなく動かしている。人差し指で宙に絵を描くような仕草だ。

男性の口調は何というか、どことなくイントネーションがおかしく、印象的だった。その言葉を少し間を空けて二回ほど繰り返し、その後ドアを開けて出て行った。

その方向はトンネルの入口、つまり今父が探しに行った方向だ。母とそちらを眺めるが、明かりを持たないその男性は、ひょこひょこ歩くうち、すぐに暗闇に同化して消えた。と、同時に懐中電灯の光の輪が視界に飛び込んできた。父がトンネル内に明かりを向けたらしい。不思議そうな顔をして父が歩いて来る。

「いや〜誰も居ないし、犬とか猫も轢いてないし、大きな石とか……タイヤがとられる物も無いんだよなぁ……どうした?」

「パパが出てった後にね、知らないおじさんが入って来て、この先どうとか言って出てったわよ、遭わなかった? 入口の方に行ったんだけど」

「誰にも遭わなかったぞ、何だそれ、何も怪我とかないか?」

「うん、それは大丈夫なんだけど、その人明かりを持ってなかったから気付かなかったのかしら?」

「だっておい、幾ら地元の人でもこの暗さじゃ無理だろ、時間だって遅いしなぁ」

「パパ、もう行こうよ。何かここ気持ち悪いわよ……」

父が車をゆっくり発車させる。先程の事もあったので、よりゆっくり進ませていた。その後は特に何も異変は無かったが、トンネルの出口を出てすぐ左、草むらを分けて、ひっそりと花束が置かれていた。

「おい、その人が言ってた、先で左って……これか?」

「その人ね、こうやってたよ!」

私がその男性がやっていた右腕の動きを真似して見せる。昔から動きの模写は得意で、すぐに覚えられたので、その場でやって見せたのだが、父と母の動きが止まっていた。

「そうやってたのか? そのおじさん、そうやって動かしてたのか?」

父が私に確認してくる。

「そう、こうやってた!」

私は人差し指を伸ばして、空に×を描いていた。

「パパ、じゃあこの花……でもねぇ、ここで事故があったって聞かないしねぇ」

「でも、全部の事故が新聞に載る訳じゃないだろうしな……」

父がそう言って手を合わせていた。母は何とも言えぬ顔で辺りを眺めていたように思う。

やがて、市内に戻り、家に着いた。私はそこが後に通行禁止になり、有名な心霊スポットになるなどとは思いもせず、暗く、湿気の多い、不気味な所だったとだけ記憶していた。

こうした怪談や、心霊写真などという因果な物に興味を持ち、蒐集するようになってから、当時の記憶を思い出し、あれはもしや! と思い立って、父に聞いた所、畑トンネルに入った事があったと判明したのたが、この話には少し続きがあった。

翌日、父が馴染みのガソリンスタンドに寄り、洗車を頼んだ時……。

「うわ、これ結構傷いっちゃってるかもしれないですね〜、どうしました?」

スタンドの店員さんに言われて車体を見ると、左側の助手席と後部座席の間、ドア下位の位置に大きく×型の傷があったそうだ。

「何だか、次はお前らだ! って印を付けられたようで、気味が悪かったよ」

ハンドルを取られた時に、その傷が付いたのかな、と父は推測していた。

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