八丁湖の怪 一(埼玉県比企郡) | コワイハナシ47

八丁湖の怪 一(埼玉県比企郡)

埼玉県比企郡吉見町黒岩、周囲二キロ弱の八丁湖を中心した公園、八丁湖公園は近隣の人達がウォーキングや犬の散歩、ハイキングに訪れる緑豊かな場所。

元々、戦前には八丁八反の沼と呼ばれ、水田の灌漑用に作られた人造湖である。戦後から八丁湖と呼ばれるようになり、四月は湖岸沿いに桜、六月には一〇〇〇株の紫陽花、周囲の山には野生の百合なども見られ、人々の目を楽しませる。湖の奥には黒岩横穴墓群があり、そこは鬱蒼とした木々に覆われており、原始的な森林の様相を呈している。湖も、奥に行くほど浅くなり、湿地帯となっている。大きな鯉が浅瀬に乗り上げ、もがいている姿を見る事がある。それら湖最奥部の湿地帯は松山城から続いている元古戦場跡地。

勿論誰でも訪れる事が出来るし、吉身町巡回バスの八丁湖バス停で降りれば、楽にアクセス出来る。こうして書くと、非常に良い所のように聞こえるかもしれない。

実際、昼間は湖周辺に捨て猫が多く棲みついている事もあって、餌をあげる人々や、前述の散歩する人々等、田舎の緑濃い憩いの場所と言ってもよく、のんびりとした雰囲気があり、途中にある東屋では水彩画を描く人がいたりと、カメラ趣味の人にとっても撮影ポイントが多い、多彩な楽しみ方が出来る湖だ。

しかし、ここもよくよく見ていくと、おかしな所が多く、夜になると様相が変わる。

まず、これだけ誰でもウェルカムという体裁ながら、湖岸の周囲には照明設備が一個も無い。つまり、夕方以降は史跡に続く山もろとも、この入口に鎮座する湖は真っ暗になり、夕方遅くに犬の散歩をする人は、懐中電灯を持参という有様だ。普通は、防犯の意味も込めて照明の数基は設置するのではないかと思うのだが、ここは私が肝試しに訪れた二〇年以上も前から、全くそうした処置は取られていない。

第二に、謎の建造物が多い事。湖のレイアウトを、右回りに紹介しようと思う。

まず、八丁湖の看板がある湖入口、そこからしばらく行くと、自転車除けの鉄柵があり、湖岸道路に入る。その後、潰れてしまった売店跡地があり(現在は平地になっているが、二年前にはまだ建物もあった)、湖周辺で唯一生きている飲料の自動販売機がある。更に進むと、右手に山を登るような道が見られるが、入口等は有刺鉄線が張られ、立ち入り禁止になっている。どうも山奥には廃工場があるらしく、かつてはそこが車の専用通路だったらしい。次に、小さいがやはり山に上がっていく道と、有刺鉄線で封じられた鉄の扉。これは歩いて湖上に向かう者専用の物か……そして、高さ一・五メートル、長さ三〜四メートルの鉄柵。これが正式な門だったようだが、残念ながら、今ではゴミや動物の不法投棄場所になってしまっている。これを過ぎると、大きめな東屋が出現する。ここには水道があり、屋根もあるので、撮影の際にはベースになる事が多い。その先にはこの湖岸周辺で唯一まともな明かりが点いている公衆トイレがある。コンクリ製で、男女が分かれており、しっかりとした作りだ。予想に反して、そこそこ綺麗に保たれており、広くて便利だが、この辺りだけ明るい為、夜間にここにいると、周囲から見られているような気になる。

ここらで一旦区切らないと、いつまでも書き続ける事になりそうなので、このトイレにまつわる不気味な体験を。

二○一一年頃、やはり怪談動画の撮影で、ある女性キャストとこの湖を訪れた。お約束で、小さめのLEDライトだけを持って、湖岸を一周してもらうという、肝試し的な内容を撮影していたのだが、公衆トイレまで来た時に、個室も調べてもらうように指示した。彼女は恐々男性トイレを調べ、何もないです、と言いながら女性トイレに入り、目を見開いて飛び出て来た。

パニックになる彼女を落ち着かせて、私が入ってみると、ある個室の扉が薄く開いている。人差し指で開けると、髪の毛の塊が、和式トイレの中で水に浮いている。どういう状況で、そうなるのかは不明だが、誰かに切られて捨てられた、自分で切って捨てた、どちらにしても異常な行動だ。ここは田舎の史跡に連なる寂し気な公衆トイレで、結構な量の髪の毛がごっそり捨てられているのだから。

その撮影は、空から石が降ってきたり、走る音が近付いて来たりとハプニング続きで、怖い動画としては良く撮れた、という事で終わったのだが、今でも不気味な撮影の印象がとても強く、その後しばらく撮影に使うのを躊躇っていた。

さて、公衆トレイの前には、浅くなり、湖底が見えるような湖に突き出すように木製のデッキで道が作られており、まるで湖の中を散歩出来るようになっているのだが、夜になると鯉がその周辺の浅瀬に乗り上げ、苦し気に暴れる。その音が急に響き渡るので、驚く事請け合いだ。トイレを過ぎてすぐ、雑草に埋もれるように鳥居が出現する。

この鳥居から続く道は、ほぼ獣道レベルの急な坂に繋がり、更に山上にある自然遊歩道に続いて行く。この坂道を登ってすぐの開けた森の入口に、小さな屋根付きの東屋が一カ所。そこから二、三〇メートル進んだ所に、古ぼけた社がある。一応は社の手前の道に狛犬や灯篭があるが、狛犬は首がもぎ取られており、近くに打ち捨てられている。尚且つ、それらの石像の内側に植込みがあり、まるで見せないように茂っている。

何となく、何かがずれたようなこの配置に不安を感じながら、その社の後ろに回ると、二メートルと離れていない所に、小さな社がもう一個出現する。そちらには手製と思われる狐の素焼きや焼き物が無数に置かれ、一応はそれらしく祀られているが、手入れがされている感は無く、一番大きな白塗りの狐が、暗闇で不気味な存在感を発揮している。

この後ろは黒岩横穴墓群史跡に続く自然遊歩道で、特に見るべき物は無い。この社周辺が、この湖の怪異の中心点であるからだ。その出来事は後ほど記載するが、今は湖岸の周辺紹介に戻るとする。

鳥居まで戻って、しばらくすると湖最奥部に到達、小さな橋を渡ると、丁度湖を半周した事になる。ここが古戦場跡へと続く湿地、森であり、他の部分よりも木や草花の感じが陰鬱さを増し、入り組んだ生え方をしており、より鬱蒼とした感じが強い場所で、昼間でも暗く、空気の温度も幾ばくか低く感じる箇所でもある。

ここから残り半周、スタート地点に戻るまでは、ひたすら湖と迫りくる山に挟まれた細い道路だけが続く。前半周の密度に比べると拍子抜けと思われる人も多いかもしれないが、その分、頭上に被さるように伸びる木々と、真っ暗な湖面で急に暴れる水鳥や魚は、夜間に音を立てられると十分恐怖であり、行けども行けども道に変化が無く、真っ暗なので、この残り半周が怖いという人も多い。

鳥居から上に行かない人が心霊体験をするのも、この後半周が最も多く、追いかけられた、足を掴まれた、歩くのと並行して何かが泳いで付いて来た、湖面に女性が立っていて、こちらに手招きをした等、現地で聞き込みをした感じでは実に多彩な怪現象が起きているようであった。

出現する者は、二〇代後半から三〇代位の女性、という目撃談が多く、長い髪、顔つきがはっきりしない、色白といった、よくある容姿の情報が多く聞かれた。この辺りは、色々な情報からの刷り込みもあるだろうと思うので、参考程度に記録していた。

これで八丁湖湖岸のレイアウトは大体分かってもらえたかと思う。それでは私が体験した怪現象を、何回かに分けて書いてみたい。

最初は、今から二〇年以上も前、一九九四年の事。私は当時、コンビニエンスストアの夜勤のアルバイトをしながらデザインの勉強をしていた。コンビニの夜勤というのは同僚と過ごす時間が長く、仲良くなり易いのだが、更に大半が大学生だったりすると、時間的な融通が利く者同士という事もあって、プライベートでも遊ぶ仲になる。

夏も近付いたある夜、いつものように時間のある者が店に集まり、買い出しをしてから、車で走り始めた。その時は私を含め六名、車二台で遊んでいた。

どこに行こうか? という話になり、ゲームセンターや古本屋等色んな案が出たが、最終的に肝試しに落ち着いた。

さて、では場所はどこに? となった時、ある一人が怖い所を知っていると言い出した。それが八丁湖だった。

八丁湖の入口には、右に駐車場、左に少し小高い丘状の地形があり、巨大な施設が建っているのだが、当時のこの施設は明らかに何らかの医療関係の物であった。というのも、我々のように肝試しに来た輩が駐車場から歩いてくると、必ずと言っていい程、三階の決まった窓から、白衣の男性がじっと見つめているのだ。

何だか不気味だね、と言いながら湖岸周回道路に入ったのを覚えている。しかも、道路に近付く程にハッキリしてきたが、甲高い警報音が鳴っている。一体これは何なんだと思って歩いて行くと、廃屋になった売店から鳴っているのを発見した。

誰か他の肝試し連中が、窓を割ったか、忍び込もうとしてミスをしたか、とにかくドジをしたらしく、警報音は無人の湖岸に不釣り合いな機械音を響かせ続けていた。

「これさ、警備会社が来たら、俺らのせいって事になるんじゃないの?」

仲間の一人の言葉で、我々は足早に立ち去った。が、ここで帰らず、先に進むのだから自分でも呆れてしまう。皆口々に、せっかく来たんだから、と言い合っていた。

この辺りから、我々の歩く速度に合わせるように、湖を何かが泳ぐような音がして、付いてき始めた。何度かここに来ていた仲間が、それは水鳥で、餌をもらうのに慣れているから、人がいると付いてくるのだ、という説明をした。

なるほど、と思っていると、別の何人かがひそひそやっている。どうしたの? と聞くと、後ろに新たな肝試しの連中が来たらしく、しばらく後方を人影の一団が歩いている、という。

他の連中と会うのも興醒めだ、と急ぎ足で歩き出そうとすると、別の何人かが少し先で固まっている。当然、何をやってるんだと聞いてみた。

「それがさ、さっきの売店荒らした連中がまだのんびり歩いてんだよ、あれ」

仲間が指さす方向をよく見ると、確かに人影の一団が歩いている。明かりを絞っているのか、ライト等の大きな光が見当たらない。

私達も、心霊スポットに来ると、怖さを感じる為に、余程足元が悪くない限り、ライト等は点けずに回るのが定番になっていた。あいつらもそうか、位に思っていた。

湖を泳ぐ音がバシャバシャと派手になる。余程近いか、数羽いるのか、とにかく夜中の暗い湖面の黒い水鳥というのは、嫌がらせ以外の何物でもなく、段々と気に障る音に感じられた。

公衆トイレに辿り着くが、そこだけが湖岸で明るいので、前後の一団に見られているような気がして、我々は明かりを避けるように通り過ぎた。

鳥居は写真を数枚撮るだけで、上には登らず、終了と思ったのだが、最後まで写真を撮っていた一人が立ち去ろうとした際、山上から何か大きな獣が走ってくるような、

「バサバサッバキバキッザザザッ!」

という派手な音がして、大声で驚いて走って逃げて来た。同時に先行していた我々も驚き、皆声を上げて走り出した。

そのまま残りの半周も殆ど走ったり、小走りで駆け抜け、スタート地点に帰って来た。全員汗だくで、勢いで逃げて来てしまったので、何となく気恥ずかしい気がして、先行の一団を探すが、見当たらない。

「もう帰ったんじゃないの? 警報鳴らして、焦って逃げたんだろうし」

それなら、のんびり一周回ってないで、すぐに逃げるだろうという、冷静な反論が出て、また一人が思い当たった。彼は運転手だったのだが……

「そういやさ、来た時、俺ら以外に車無かったよな? あいつら歩きか?」

「地元の奴でも歩きでは来ないだろう。コンビニとかだって結構あるぞ、ここから」

「だって現に俺ら以外の車無いじゃ……」

そこまで言って、運転手も気付いたらしい。私が引き取った。

「後ろの奴らも、歩きか?」

そう、駐車場には私達の乗って来た二台以外、車の姿が無い。少し下に下った、第二駐車場にも、車の姿は無い。二組も歩きでライト持たず、か?

後ろの一団はいつまで待ってもやって来ない。寒気がし始めた時、一人が声を潜めて話し出す。

「おい、見るなよ皆! また、三階から白衣の奴が見てる! こっち見てるよおっ!」

忘れていたが、そういえば来た時から監視されているようで気味が悪かったのだ。

「バシャッ! ベチャッ……ベチャッ……」

皆で顔を寄せ合い、この現状をどう説明したら皆が納得出来るのか、話し合っていると、水鳥の音がした。

「まだ付いて来てるのか! しぶといなぁ……」

「いや、あれ、上がって来てるだろう……湖から……」

「ベチャッ……」

「歩いてるぞ! 歩いてるうっ!」

全員が湖の入口から、ずぶ濡れで上がって来た何者かを想像したらしく、軍隊のように綺麗に揃って車に乗り込み、エンジンをかけて町に向けて走り始めた。

帰り際、あの入口の施設が話題になった。白衣という事で、研究施設か医療施設だが、目立った看板も無く、あまり客を呼び入れている感じはしない。

「あそこは、精神に問題を抱える人専門の研究所か、治療施設じゃないかな。八丁湖は、逃げ出した患者が、他人に迷惑を掛けないように、捕まえる為の避難所的な場所で、だから明かりも設置しないで、逃げ込み易くしてる。トイレと水道があるし、しばらく潜めるしね。施設の人間も、逃げ込む先が分かってれば、捕まえ易くなるしね」

この仮説は何となく我々の胸を打ち、採用された。私は再度の取材を誓っていた。

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