八丁湖の怪 二(埼玉県比企郡) | コワイハナシ47

八丁湖の怪 二(埼玉県比企郡)

埼玉県比企郡吉見町黒岩、周囲二キロ弱の湖、八丁湖。

過去に友人達と肝試しに訪れ、不思議な体験をした私は、その後も何回か視察を行っていた。主に、夜間の長時間滞在による取材を見据えた、下調べという意味合いだった。

前回は殆ど何も見なかった、鳥居の先のロケーションも詳細に把握していた。ここがこの湖で一番気味の悪い所で、取材のメインになるだろうという想定をしていた。

大分時間が経って、二○一○年に、あるホラー企画の撮影で訪れた。

女性キャストが三名、東屋で心霊写真の解説と、怪談を行う。最後に一人ずつ社までお賽銭をあげに、ビデオカメラを持ち行ってもらう、という内容だった。

まずは、夕方遅くに到着後、暗くなり始めた湖岸を一周してもらう。その時から音が後ろから付いてくる、という現象の他、彼女達の目前の道路に拳大の石が数個、山側の森から転がり落ちて来たりと、八丁湖の定番の怪異が起きて、雰囲気は盛り上がっていた。

キャストのAさんはリーダータイプで落ち着いた子、感が強く、八丁湖は嫌な気配がすると最初から言っていた。Bさんは全く普通の子で、怖がり、特に感も強くなく、暗いから怖いですという感想が彼女らしい。Cさんはのんびりしたマイペースな子で、怪奇現象には鈍感な方。

Bさんが、やたらと振り返って後ろを気にし出したのは、もう一周終わろうかという、入口が目前になった頃だった。聞くと、湖面に人が立っているという。場所を尋ねると、湖の最奥にあたる、公衆トイレの前、要は古戦場跡に続く湿地帯の辺りに、白い影があるという。Aさん、Cさんの顔色が変わり、必死にそちらを凝視している。

驚いたのは、そう聞いて見てみた所、確かに白い影が立っているように見える。見間違いでもなく、ゆらゆらという感じで人影のような物がいる。回った時は確かに何も無かったし、他の利用者もその日はおらず、撮影には助かるねと話していた所だったのだ。

その場に居た全員に見えるものだから、軽くパニックになり、一旦撮影が中止された。

警察に確認した訳では無いが、ここでは女性が襲われ、霊となって出没するという噂がある。キャストはその噂も事前説明で聞いているので、まさに、という現象が起きた為、恐慌状態になりかけたのだった。

しばらくして、白い影のような物は見えなくなった。このタイミングを逃すと撮影が終わりかねないので、何とかキャストを落ち着かせ、再度鳥居を目指す。

細く、急な山道を登り、小さい東屋にカメラや照明を設置し、ベースとした。

まずは心霊写真の解説コーナーを撮影する。これは画像を見てリアクションするだけなので、比較的難易度は低い内容なのだが、この日はどうも上手くいかない。Aさんがしきりに周囲からの音を気にしている。バキバキと木を踏みしめるような音がして、辺りの森の中を誰かが歩き回っているような音がする。時間が経つにつれて、より近くで音がし始めた。喋りながらも、皆顔が真っ青で、Bさんは涙目になっている。

そのうち、雨が降り始め、森中が靄でけぶり始めた。スモークマシンで吹いたように、足元を白い気体がもうもうと移動していく。数メートル先が良く見えない。

やがて、キャストがそれぞれ一話ずつ怪談を話していく。Aさんは感が強いだけあって、体験談が幾つかある。その中で、別の日に怪談収録をしていた時の怪体験を話してもらっていた時であった。

「私は、嫌な気配がして、エレベーターを降りて桜井さんを探したんですけど、どこにもいなくて、事務所に電話したら今降りましたって……一本道のどこですれ違ったのか……」

話が佳境に差し掛かった時、彼女の座っているベンチの後方で、ドザッ! と音がした。その場の全員が凍り付いたように固まり、他のスタッフがその辺りを調べに行ったが、特に何も無いという。猫かネズミ等の小動物だよ、と場をとりなして、撮影を進める。

Bさんは、霊感なんて全く無いので、知人から聞いた不思議な廃屋の話を披露してくれた。やはり話が佳境に差し掛かった時、今度は皆がいる東屋と、社の間の森から、ガザガザッ! と何かが走るような音がした。小さな悲鳴を出して、Bさんの動きが止まった。

器用なAさんは、カメラに向かって一生懸命番組を、まとめようとしている。

「え〜、動画をご覧の皆さんにも聞こえているかもしれませんが、さっきからこの東屋の周囲を動き回るような音がしてまして……この湖は女性の霊が出て、付いて来るという噂話がありますから、その女性が付いて来てるんでしょうか……」

普段は柔らかい雰囲気のCさんも、ここは何か変ですよ、音に意思があるように思えます、と言って怯えている。Bさんは半泣きで黙ってしまった。Aさんが続ける。

「では、本日のメイン企画、一人ずつ社でお賽銭を入れてくるという肝試しです……」

まずはCさんに行ってもらう事にした。今日は鳥居を上がる前、湖の段階で結構異変が起きていたから、普段は冗談好きで明るい彼女も、どことなく調子が狂っているようで、小さな音にもびくついている。

我々のいる東屋から、直進すると植込みで道が三ルートに分かれている。右と中央は社に着くが、左は社奥の遊歩道に直接繋がる為、ここを進むと社に辿り着けない。植込みを抜けると、社手前の道に出る。ここは左右に首の取れた狛犬や、倒れた灯篭がある所だ。更に進んで三段の石階段を上ると賽銭箱があり、社がある。紙垂しでや縄がボロボロだが、辛うじて鈴を鳴らす組紐は健在であった。

Cさんの一人お賽銭チャレンジは殆ど何事も無く終わった。途中、彼女が冗談を言った時に、それを咎めるように近くの草むらが大きく揺れ、音がしたが、既に我々はそれ位の現象では大して驚かなくなる程、この日は何度も怪音に遭遇していた。

勿論、湖の周りに多数棲みついている野良猫の可能性もあるし、野生のネズミや、小動物の音の可能性もある。びっくりはするが、まさか全てが霊現象だという訳ではないし、落ち着いて対処していかないといけない。

Aさんは二番目に行ってもらう。彼女が取材的にはメインだ。怪現象があるなら彼女が引き寄せる可能性が一番高い。何しろ感が強く、今までにも怪体験が多い。

やはり植込みの所で二度程音がしたが、これ程頻繁であれば、やはり動物が夜で餌等を漁りに出て来て、音を立てたと考えるのが現実的だろうと思った。Aさんも、今のは生き物ですかね、と冷静に検証している。その後、階段を上り、お賽銭を入れたAさんが、急に振り向き、小声で耳打ちしてきた。

「今、男の人の声しませんでしたか? 低い感じの……」

「それは聞こえなかったけど……」

私も何故か小声になってしまう。耳を澄ますが何も聞こえない、と思った瞬間、

「ガズン!」

何か鈍い音がして、Aさんが飛び上がらんばかりに驚いている。

「今の……音、音しましたよね、ね?」

「しました、あ、あれ?」

Aさんが聞いた男の低い声は分からなかったが、その後の音は確かに聞いた。それは物理的な音で、霊が云々という物とは違ったので、ビデオにも入っているだろうと確信があった。しかし、私は他の事に気付いてしまったのである。

社の前面には、雨戸が閉まっているのだが、お賽銭を入れる前は完全に閉まっていたのだが、今は小指の爪幅程度開いている。

「あ、開いた……開いてる!……」

Aさんも私が指さした戸を見つめて呆然としている。これは流石に勘違いしようがない。

直後に、社の奥の森がザワザワと音を立て、揺れ出したが、風は無い。静かに雨が降っているだけだ。Aさんがふらふらとしているので、腰の辺りの服を掴み、誘導する。東屋に戻り、結果報告するのだが、ハッキリとした怪異に遭遇して、しどろもどろになっていた。それを見て、最後のCさんは震え出してしまった。

Aさんの感想では、今日は最低でも二人の人が付いて来ている感覚があるという。一人は女性で、湖辺りから。もう一人は男性で中年。これはこの東屋に我々が来てから寄って来たらしい。男性の方は姿が見えないが、音を聞くとアクセサリなのか荷物なのかを沢山持っているらしく、ガチャガチャ音がしているらしい。我々がその日聞いた音の中にも、動物が立てた音であろう物とは全く違った音があった。それらは金属音というか、重い物がぶつかり合うような音で、少し遠くから聞こえていた。

Cさんも仕事なので、嫌だ嫌だと半泣きながら、カメラやライトを着々と準備し、出来ました! 等と声を掛けてくる。映像的にはAさんの物で十分撮れ高はあったのだが、Cさんだけ行かないという事は出来ない。怖いのは皆同じだからだ。

映像的には彼女達の一人検証、という設定だが、実際には最低でも一人はスタッフが付き、カメラに映らない位置から服などを掴み、危ない道に入らないよう誘導する。

この日は私が付き添いで付いていたのだが、三人の女性に付いて三回社に行くうちに、どんどん雰囲気が悪くなるのが分かった。だから、Cさんの番には、もう撮影は止めたいと、正直げんなりしながら歩き出した。

Cさんは今風の若者らしく、怯え言葉も、

「ちょ……マジで怖いんですけどぉ……もぅ、暗いし……怖いし……寒いし……」

といった調子である。私は相変わらず後ろで音を殺し、足音も極力立てないように付き添っていた。その時だった……。

「何か、周りがザワザワしてるんですけど……怖い……声がするんですけど……」

Cさんがそんな事を言い出したので、少し止まるように命じ、耳を澄ませた。

「……じけない……ない……」

そんな感じの低い声が、周囲の森から聞こえてくる。私は何となく、声の正体が分かった気がして、身震いをした。Cさんが進み始める。道中はぼそぼそと低い音が聞こえる以外に変わった事は無く、社に辿り着き、お賽銭を入れる準備をした時、

「ひゃあああああっ!」

悲鳴のような掠れた高音がして、Cさんが飛び上がらんばかりに驚き、こちらを見開いた目で振り返る。私も聞こえた、という風に自分の耳を人差し指で差し示し、冷汗をかいた。Cさんが口に手を当て、悲鳴を堪えようとしたその瞬間また、

「ゔぉおおおおおおっ!!」

今度は低く、明らかに男性の悲鳴と分かる声が社の後ろから響いて来た。

Cさんは何かよく分からない事を叫びながら逃げ出した、私は転ばないよう強く服を掴みながら、慌てるな! と命令しながら小走りに付いて行く。

「ゔおおおって言った! うおおおって言った!!」

Cさんは涙と鼻水でえらい有様になりながら、パニックを起こして叫び倒している。東屋まで駆け戻ると、AさんBさんが飛び出てきて、背中をさすったり、水を飲ませたりして、落ち着かせようとしている。何を聞いても、

「うおおおおって言ったよ! 悲鳴がして、おおおって!」

そう繰り返していて、中々落ち着かない。Aさんが私に何があったか聞いて来た。

もう一人の男性スタッフにCさんを任せ、Aさんを東屋から離れた木の陰に連れていく。Cさんの時に起きた事を一通り話し、私の推測を聞いてもらった。

「あのね、君達は若いから、あまり馴染み無い言葉かもしれないけど、私は時代劇とか好きでね。……じけない……ってのはかたじけない、だと思うんだよ」

「かたじけない? ありがとうみたいな意味ですよね?」

「ありがたい、恐れ多いの丁寧語だね。時代劇だと、割とよく聞く言葉なんだけど、今日繰り返してたのがそれだすると、寄って来てたのは……」

私は黙って湖の奥にあたる方向を指さした。流石にAさんはすぐピンと来たようだ。

「あ! 古戦場跡!! じゃあ……うっそ……」

「……うん、ここの噂は節操ないっていうか、色々バラバラ過ぎて、理解し辛かったけど、今日何となく分かったんだよね。ここが特別異様な感じがするのって、古戦場由来の怪現象と、下の湖で起こった、比較的新しい時代に由来した怪現象とが、混ざり合ってる感じがするんだよね、いや、想像だけどさ……」

「そうかも……何か、こっちの森の方は纏わりつく感じで、湖の方は後ろから追ってくる感じですね……もう帰りませんか、Cさんも限界っぽいし、映像どうですか?」

「大丈夫、怪談会も十分尺あったし、一人検証の動画も結構長く撮れたしね。戸も開いたし……画的には十分インパクトあるのが撮れてるから」

こうして、全員で逃げるように荷物を片付け、湖入口の看板まで逃げ帰る。

さっきまで居た森の方向を眺めると、暗闇の塊と化した森の中に、時折白か黄色っぽい光のような物が、ちらちらと見える。その場にいた全員が見ており、あれは何だと騒然となった。もう少しあそこに居たら、あの光に出くわしていたのだろうか? それにしても、意思を感じさせる嫌な動きだった。

写真を撮る余裕さえ無くし、手分けして荷物を持ち、駐車場に走って行ったのだが、先行させた女性陣が立ち止まり、車に乗り込もうとしない。不審に思い声を掛けると、Aさんが手招きする。寄って行くと、耳打ちしてきた。

「桜井さん、声出しちゃ駄目! あれ見て下さい……」

彼女の言う通りにし、車を眺める。八人乗りの大型車なのだが、その場に全員居るにもかかわらず、薄暗い照明に照らされた車内に、人影がある。当然鍵はロックされているし、誰も戻っていない。とうとうCさんはしくしくと泣き始めた。

Aさんが肩を抱き、慰めている。帰る事すら出来なくなってしまった。

仕方ないので、私が常備している粗塩を持ち、車に近付く。近付いても確かに黒い影は車内にいるのだが、粗塩を車に投げ付け、帰れと念じてみる。それ以外にどうしたらいいか、分からなかったのだが、一〇分前後そうしていると、車内の影が消えた気がした。

全員を呼び寄せ、車の周囲をぐるぐる回るが、影は見られなくなった。ドアを開け、塩を車内に投げ付ける。そうして全員で乗り込み、ドライバーを急かしてその場を離れようとする。今気が付いたが、昼間あれだけ居た猫がいない。

ふと視線を感じて、最後の荷物を積み込み、上を見上げると、元々研究施設か病院と思っていた建物が、そのまま別の会社に買われたようで、夜にもかかわらず、二階、三階は明かりが点いていた。そして、気味の悪い事に照明を背にして影になっていた為、表情は読めないが、また男がこちらを見下ろしていた。

途端に以前肝試しに来て、入口で監視されるように見下ろされた事を思い出した。ここは、その中だけでなく、周囲も十分異様な物が密集している場所なのだ。

女性陣の懇願の声に応えて、車に乗り込み走り出すと、がらんと車が居なくなった駐車場に、どこからか猫が戻って来て、のんびりと体を横たえ始めていた。

今回も酷い事が沢山起きたな……強い因縁を感じながら、撮影は終わった。

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