修学旅行の謎の少年(京都府) | コワイハナシ47

修学旅行の謎の少年(京都府)

関野さんの中学の修学旅行先は、定番の奈良・京都旅行だった。

「まあ、最近はね。北海道行ったり、沖縄行ったり、えーと海外に行った人達もいるんでしょ?ま、僕らの時代はね。修学旅行と言ったら奈良・京都古跡巡りってコースが決まってたからね」

修学旅行は楽しい。

何が楽しいと言えば、普段朝から夕方までしか顔を合わせることのない同級生達と、朝目覚めた瞬間から夜眠りに落ちるまで、ずっと寝食を共にすることに尽きる。朝食に何を食べるか、眠る前の癖は、あの髪型はどうやって作っていたのか……などなど、興味の対象は古こ刹さつ名跡よりも、日頃見慣れているはずの友達の意外な一面のほうに向いてしまう。

自然、誰よりも早く起きて同級生の顔にマジックで眉毛を書き足すことや、誰よりも遅くまで眠りに落ちるのを我慢して、普段はできない内緒の話に花を咲かせるのも、集団旅行の楽しみ方の一つと言って良いだろう。

関野さんの学年はと言えば、とびきりやんちゃ坊主が多かったようで、引率の先生達の苦労が偲ばれた。地元の学生とガンの飛ばし合いをしたかと思えば、土産物屋で木刀を買ってくる。女湯は覗くわ、枕は投げるわ、これまた定番のオンパレードで過ごした修学旅行の最後の宿泊の晩。

さすがの先生達も昼間のお守りで疲れ果て「頼むから最後の夜くらいは静かに過ごしてくれよ」と苦笑を漏らしたが、そういう願いを素直に聞き入れるゆとりがないくらい興奮してしまうのが、修学旅行の魔力というものなのだろう。

消灯時間を過ぎた後でも、土産物屋で買った新撰組のロゴ入り懐中電灯があれば大丈夫。

まだまだ眠れないのか、布団の下に潜り込んではトランプや花札をやっているグループも大勢いた。

「おまえらー、いい加減にして寝ろよー。明日も早いんだからなー」

「ういーっす」

思えば修学旅行の初日から繰り返してきたやりとりだ。もはや効果のない呪文のようなものだが、生徒達も何となく返事だけはしている。疲れ果てて眠りに落ちる深夜まで、ライトを点けたり消したりしながらモソモソと過ごす。

ときどき、部屋の外の廊下を歩いていて見つかる者もいた。二日目の晩に、喉が渇いたからと、ジュース(泡が立つ黄色いもの)を買いにいって見つかった者が出てから、夜の警戒はとても厳しい。さすがに、昼間歩き通して夜は騒ぎ疲れて……となれば、最終日あたりは誰も旅館のロビーまで出ようという者はいなかった。

そう思っていたら、誰かが廊下を走っていた。

旅館のやたら長い廊下を端から端まで、スリッパをバタつかせながら、やたら大きな足音で駆け回っている奴がいる。

(……ったくよー。あんなに騒いだらすぐにバレるだろうがよ……)

興奮して眠れないのはお互い様だが、息を潜めて起きている関野さん達からしてみれば、大きな音を立てて騒ぎ回っている連中も目障りである。

三組の久多良木か?それとも五組の阿多か?あいつら、後で締めてやるか。

そんなことを思いながら襖を開けて廊下を窺うと、まだ起きていた他の部屋の連中も同じように廊下の外に顔を出していた。

「……くぉら、誰だあ!こんな夜中に騒いでる奴ぁ!」

生活指導で鳴らす、学年主任の一番うるさい教師の怒鳴り声が廊下に響いた。

「久多良木か、それとも阿多か?おまえらいい加減にしとけよ!」

やはり学年主任もそう思っていたらしいが、奴らは二人とも「俺じゃねえよ」という顔をしている。

非常口のある廊下の突き当たりまで駆け抜けていった〈駆け回る生徒〉は、行き場を失うと向きを変えて学年主任の待ち構えているほうに向かって突進してきた。もはや、寝ていた生徒すら目を覚ます大騒動に発展していた。

学年主任は突進してきた生徒の前に手を広げて通せんぼをすると、その脇を駆け抜けようとしたところを、二の腕を掴んで捕まえた。

「捕まえたぞ!おまえ、一体何時だと思ってるんだ。おまえは何組だ!」

なおも腕を振り解こうとする生徒を見極めようと、腕を捻りあげた学年主任は「あっ!」と短い悲鳴を上げて、それまでがっちり掴んでいた腕を自ら振り払った。

それまでざわついていた野次馬の生徒達も、水を打ったようにシンとなった。

関野さんも息を飲んだ。

そいつの背格好は中学生くらいだった。

そいつは学校指定のジャージを着ている。

だが、何か変だった。

そうだ。顔が変だった。

のっぺらぼうに、目、鼻、口を薄墨ででたらめに描いたような、存在感のない顔だった。そののっぺらぼうの頭の皮を、何かで強く頭の後ろに引っ張り上げて、パンパンに延ばして張りつめさせたような。

少なくとも彼の首から上に乗っているのは、人間の顔には見えなかった。

ジャージの袖口や開いたファスナーの隙間から見える彼の身体は紙のように真っ白で、よくよく見れば全身がその抜けるような白い色をしているようだった。

学年主任は驚いて目を見開いたまま尻餅を突き、そのまま後退さった。

その真っ白い少年は、妙に伸びきった顔で彼を取り囲んだ周囲の生徒達を睨みつけると、再び旅館の廊下を疾走し始めたのである。

確かに化け物なのに……目の前で消えないなんて!

その直後、学年主任を含め白い少年を目撃した生徒達全員が大騒ぎになった。

オチはどうなったのかと訊くと「うーん、それが何故か、その後の顛末を思い出すことができないんだ」と申し訳なさそうな返事を貰った。

「でも、あれだけ大騒ぎしたのに、旅館からはクレームがなかったみたいだな」

そういうこともあるんだろ、と関野さんは一人ごちた。

シェアする

フォローする