田原坂の湧き出す抜刀隊の霊(熊本市北区植木町) | コワイハナシ47

田原坂の湧き出す抜刀隊の霊(熊本市北区植木町)

田原坂は西南戦争の激戦地。明治10年、明治政府軍と西郷隆盛率いる薩摩軍が白兵戦にて激突した地だ。今はつつじの美しい穏やかな公園になっている。

そして明治の頃からここには確実に霊が出ると噂は絶えなかった。

ある者は「白馬に乘った美少年が走って行った」と言い、ある者は官軍の軍服の兵隊の足音を聞いたり、官軍墓地では足を引っ張られたとか。

深夜に肝試しに行く連中も未だにあとを絶たない。

川端さんも若い頃、深夜2時くらいだったろうか、熊本の若者同様ここに肝試しに来た。6月の蒸し暑い、うだるような体に汗がべったりとまとわりつくような変な夜だったという。飲んだあとで、仲間にはやされて川端さんと友人1人で向かっていた。

田原坂の駐車場に着くと電話ボックスがあった。

いざ行こうとしたら、運転手の友人の顔色が良くない。聞くと、どうも気分が悪い、めまいがすると言い出した。ははーん。怖がってるなと思い、

「お前、えづかとだろ(怖いんだろう)?」

笑いながら川端さんが言うが、それにも反応しない。

「わからんばってん、体の力が入らん。運転できんといかんけん、川端、お前だけ見に行ってくれんや?」

「わかった。なら俺が先に行くけん、お前も後から来えよ」

「治ったらいくけん、先行っとって」

電話ボックスまで行くって、飲み仲間たちにここへ来たことを連絡することになっていた。携帯電話のない時代である。

「……ああ、俺たい。川端。今、田原坂の電話ボックスに来たけん、あ?んにゃあ、何も無かよ。大した事なか……」

その時だった。電話ボックスを覗き込む人の顔が見えた。

慌てて受話器を置こうとするが、なかなかはまらない。そうこうしてるうち、右も左も幾人もの人がこのボックスを覗いている。

50人はいただろうか。さすがに怖くなり、電話ボックスの中に座り込んだ。

すると、駐車場から幾つも幾つも武者姿の刀を持った人間が湧くように出て来る。50人どころでない、どんどん湧いて寄ってくる。

血の付いたような汚れた着物にサラシを巻いたような男衆だ。手には日本刀が見える。だが片腕はない。これが、あの戦闘の武者たちか……。

電話ボックスを覗き込む顔が幾つも重なり、殺気だった目は血走っている。

「殺さるっ!(殺される)」

川端さんはもう声も出せず、異様な吐き気を伴いながら、這うようにそのボックスを出た。扉はすぐに開いた。そのとたん体にズズズと何かが入り通り抜けるような感覚があった。

どうやって走って辿りついたかわからないが、車のドアが壊れるくらいの勢いで叩き、中に入り、ぼーっとしていた友人を叩き起こして言った。

「逃ぐっぞ! はよ出さんか!(逃げるぞ、早く車を出せ)」

慌てふためいた友人と田原坂の敷地を出た。だが、その後川端さんとその友人は、他の場所でも霊に遭遇するようになってしまった。それ以降、全く霊感がなかったのに、幽霊が見えるようになってしまったという。

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