福岡から出張でやってきた横田さんの話だ。
長い会議の後、飲みに行こうとなり、繁華街の下通りを抜け駕町辺りについたとたん、「アカイ」という言葉が耳から離れない。キャバクラに行ったが、頭の中にその言葉がぐるぐる回る。
「ねえ、アカイってこの辺りにある? 看板かな。頭から離れんとよね」
「知らんねえ。熊本で赤井さんて苗字も聞かんしね」
キャバ嬢たちはキャッキャと笑ってタバコを吸う。
「横田さん、あっちは行くと?」
彼女が意味深に笑い、周りもにやにやする。小指を立てて見せる。
ああ、風俗か。熊本といえば……男社会では全国レベルで有名な場所がある。
一見さんでは入れないような会員制の有名風俗店だ。
「いや、行かんけど店は見てみたかねえ」
その店を出た後、入れるはずもないが仲間と裏通りを通って風俗街に向かった。有名店のネオンを目指して歩く。店が閉まっていて電灯だけしかない暗さ。
その時また「アカイ」が鮮明に脳裏をかすめた。
ふと目線を上げると、暗い路地の真ん中に赤い着物姿の女が立っている。
襟元は真っ白で、肩がずり落ちたような赤い色の着物に細い帯。
それがすすす?と彼らの真横まで歩いてきた。
その時、横田さんは怖さも余って、
「アカイ」
つい口走ってしまった。
女は一瞬こっちを見た。
横田さんは寒気がして顔をあげなかった。じっと見ているのだけはわかる。
「違います」
そんな女の声が聞こえた。隣にいた仲間も気づき、ウッと声を漏らす。
「……行くばい、明るか道ば通っぞ(通ろう)」
どう歩いたか忘れるくらい、急ぎ足で2人は繁華街の通りへ抜けた。
後で聞いたら、あの赤い着物は遊郭の遊女たちが下着として来ていた長襦袢だと言う。亡くなった遊女達は寺に埋葬されていた。遺体は藁につつみ投げ込まれたことから「投げ込み寺」といわれる場所は全国の遊郭近くに多い。無縁仏の彼女たちは、寺の樹のたもと等に埋葬されたという。
この辺り一帯にはお寺が3軒ある。アカイ女に出くわすということは……。
駕町だけがというわけではないが、繁華街近くに花街は存在した。城下町には多いことだった。昭和40年代頃の花街の光景も古い写真に残っている。