犬が見た飼い主の霊(熊本市中央区黒髪) | コワイハナシ47

犬が見た飼い主の霊(熊本市中央区黒髪)

黒髪の竜神橋から東の白川沿いの住宅や店は、国土交通省の水害の河川工事で立ち退きとなり、今はほとんど更地となり、なくなってしまった。もうあの街の賑わいや面影はない。

8年前までそこに住んでいた城上さんは小柴犬を飼っていた。

50歳過ぎてこの土地に念願のマイホームを建てた。後は念願の子犬を買う事が夢だった。

犬嫌いの家族を押し切り、仕事は朝7時には家を出て、夜は早くても9時過ぎという判で押したような生活。帰ってきて飛びついてくるようなかわいい子犬が欲しかった。

しかし飼った小柴はどうもプライドが高い。チワワやヨークシャーテリアのような愛嬌は皆目ない。

犬のしつけの本から動物病院で1日飼い主指導を受けたりと、犬のパパになる心構えはできていた。

城上さんは鹿児島出身で西郷隆盛に似ていた。

早朝から犬の散歩すると上野の西郷どんと犬のようで、それなりに似あう。だから柴犬なんですね?といわれるが、あっちは秋田犬だ、と答えるのが常。

近所の立田山は早朝6時は犬の散歩のラッシュ。同じようなパパさんが出勤前に歩いている。

城上さんはこの犬にキャッピーと名付けた。風体に似合わないが、フランダースの犬か何かからつけたそうだ。

キャッピーには苦労した。子犬の頃はしつけが大変だし、去勢する手術の時は、城上さんが深夜まで悩み酒をくらった。

さらに、立田山の頂上にある家族の墓参り中に、逃げ出してしまい、1ケ月帰ってこなかった。もう死んだと思っていたら、山のふもとの知り合いが預かってくれていた。

それでもまた家出した。1週間後帰ってきたら、野良のおばあさんの彼女を連れて帰ってきた。

「シッシッ」

と追い払うと老婆犬は寂しそうに去って行った。

向かいの家のハリーは大型の洋犬。キャッピーと友だちだった。

散歩に行くと必ず興奮して、おかげでハリーの家の門は壊れかけていた。

でも可愛い犬だった。晩酌のときもそばで相手してくれるのはキャッピーだけだった。

キャッピーと家族との楽しく賑わう暮らしの中で、城上さんは少しずつ脳の難病が進行していた。

急激に進行し、キャッピーが10歳の頃には散歩どころか入院となった。いつもリハビリや介護用の白いバンが迎えにきて、城上さんを乗せていった。外犬のキャッピーはじっとそれを見ていた。

城上さんの奥さんや娘、近所の人がキャッピーのお世話をしたが、犬のご主人は1人。城下さんしかご主人と思っていなかった。

いつも、城上さんの帰りを待ち、白いバンが道を通りすぎると、ぴたっと散歩の足を止める。それは向かいの家のハリーもそうだった。

2年後、病院のベッドで寝たきりで動かないまま、城上さんは息を引き取った。

病院からやっとマイホームへ戻って来れた時は遺体になっていた。家族は悲しんで泣いたが、キャッピーは鳴かなかった。

いよいよ遺体を斎場に運ぶ日の朝、突然キャッピーは空に向かって吠えはじめた。

「ワオーン ワオーン ワオーン」

すると向かいのハリーも空に向かって吠えた。

「ワオーン ワオーン ワオーン」

その犬の遠吠えの合唱に、家族は驚き空を見つめた。

「お父さんが空に上っていくのが見えるんだろうかね……」

城上さんのまだ元気だったころの笑顔が犬たちには見えたのだろう。2匹の犬は道路を隔てて、空に吠え続けた。

まるで敬礼するかのごとく、プライドの高いキャッピーはそうして飼い主とお別れをした。

その1年後、キャッピーも城上さんの後を追うように亡くなった。肝臓病と犬の認知症だった。また、キャッピーが亡くなる前日にハリーも突然亡くなったという。

「お父さん、ハリーとキャッピーも連れていったんだろうねえ」

少し寂しそうに奥さんが話していた。

その後このマイホームは白川の大水害で1階部分にあった荷物が全部流され、河川工事で家も解体され更地になってしまった。

キャッピーと城上さんの歩いていた姿は遠い過去になったが、近所の人たちは「西郷さんと柴犬」の姿をいつまでも覚えている。

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