ここは県南でも有名なトンネルだ。
その近くには「幽霊坂」というないはずの道が現れ、もしくは道が突然消えてしまうという坂がある。
トンネルまでの道のりはカーブの多い山間、峠道でありかなり険しい。あるカーブの場所で幻の道が現れるのだという。
当然、運転手が惑わされ、車ごと崖から転落したり、林に突っ込むという自損事故が絶えなかった。夜だけでなく昼でもそんな現象が起きた。
またこのトンネル内では肝試しに歩いて入った者も神隠しに遭ったと噂がある。
豊田さんがお盆に帰省したときのことだった。
友人が旧佐敷トンネルがどんなものか見てみたいと言い出した。豊田さんはあまり気乗りがしなかった。というのも彼は霊感があったからだ。
葦北の海水浴に行くのに、友人たちはこの佐敷トンネルを通ろう! とうるさい。仕方なく行くことになった。
豊田さんは前日の夜に妙な夢を見ていた。
国道3号線から旧道に入り細い山道を進む。左側に大きな木があって、黒い靴が走行車線上に落ちている、白いシートが斜面に落ちている。
首のない地蔵が左側にある……。
そこで人影が見えて、夢から覚めた。
当日の朝、友達が迎えに来て、車で乗っていく。
昨夜見た夢と全く同じ風景が広がっていた。白いシートも黒い靴も、そして地蔵も。それから……それから確か……!
ずっと寒気が止まらない。ついに豊田さんは口を開く。
「危ない!」
運転手に止まるようハンドルを押さえ、声をあげた。
「どうしたんね!」
運転する友人は驚いて旧ブレーキをかけた。キキキーっと鳴る。
フロントガラスの目の前を、黒い人影のようなものが横切った。
「うわ、あっぶにゃあねえ(危ないね)」
運転手の友達やみんなはその人影を見たが、走り去ったというより浮かび上がって消えていったような感じ。
「ゆ、幽霊か……?」
「やべえ、ほんとに出た」
豊田さんはこれ以上は身の危険を感じて、この車ごと持っていかれると友だちを説得し、引き返すことにした。
その後、あの道でまた自損事故が起こったと聞いた。
ちょうど豊田さんと友だちがあの影を見た数分後、トンネル前で林に突っ込む事故が起きていた。
急にハンドルが取られて、突っ込んだという。反対の崖ならもう死んでいただろう。
あの影にもし車ごとぶつかっていたら、事故にあったのは豊田さんたちだったかもしれない、と語ってくれた。
旧佐敷トンネルは佐敷太郎峠にあり、細くくねくねとした国道3号線の先にある。薩摩街道へ向かう難所の峠だった。
この峠は三太郎峠と言われ、他に津奈木太郎峠、赤松太郎峠がある。
幽霊坂と言われるのは、昼間は見えないが、夜になると崖の方に道ができて見え、そちらへ向かって走ると崖から車ごと墜落してしまうのだ。何台も落ちているが、地元の人にはそんな道が見えないという。
そして近くには目と鼻と口のない地蔵がある。享保時代に作られたので、車の事故のために作られたものではない。
一般的に地蔵は、江戸時代に道祖神の信仰と結びつき道端に祀られるようになった。その後民間信仰の石仏となり、村の繁栄や厄災が入らないよう道の辻に置かれた。
もしくは事故や行き倒れ等の不幸があった場所が多く、死者を供養したり行路安全を願うため置かれた。
この峠も難所の峠であったことから、そういう因縁はあったのかもしれない。