面妖 顔にまつわる3つの不思議な話(東京都) | コワイハナシ47

面妖 顔にまつわる3つの不思議な話(東京都)

「人を顔つきで判断してはいけない」とは、幼い時分から親に言い含められてきた言葉である。しかし、最近は「本当にそうなのだろうか」と悩んでしまう瞬間がある。

いや、別に他所よそ様の美醜を問いたいわけではない。そんな立場にない面相であることは、自分自身がいちばんよく承知している。

喜怒哀楽。他人の感情の多くを、我々はその表情から判断する。つまり顔とは、他人に向けてのアウトプットなのではないか。相手へなにごとかを伝えようとするとき、場合によっては言葉以上に雄弁な装置、それが顔なのではないか……私はそう考えているのだ。

なるほど、だとすれば怪異譚のなかに「顔を見た瞬間、〈人ならざるモノ〉だと察した」話が散見されるのも、おおいに頷ける。

というわけで論より証拠、この項では「顔にまつわる怪異」を集めてみた。くれぐれも、読み終えたあとに鏡を覗かぬよう、ご注意願いたい。

Iさんは昨夏、八年間連れ添ったご主人と離婚している。

おしどり夫婦として有名だったふたりの別れに周囲はたいそう驚き、そのうち何名かは好奇心を抑えきれなかったのか、それとなく理由を訊こうと連絡してきたらしい。

けれども、彼女はけっして離婚の原因を語らなかった。

それについてある知人は「別れたとはいえ愛した人の悪口は言いたくないのだろう」と早合点し、別の知人は「実は、まだ未練があるのではないか」と邪推した。

「そんな立派な理由ではないんですけどね」と、当のIさんは寂しそうに笑う。

「見ちゃったんです」

ある日の深夜だった。

ふいに目が覚めた彼女は、隣で寝ている夫に視線を移すなり愕然とした。

顔が違う。

皺だらけの、笑顔とも怒りともつかない表情になっている。

だが、彼女が驚いたのは「夫の面相が変わっていたから」だけではなかった。

その顔を、彼女はよく知っていたのだという。

「一昨年に亡くなった義母そっくりでした。特に、あの奇妙な表情はとても印象に残っていて……妊娠中の双子が流れた翌朝、〝畜生腹は業が深いんだねえ〟と小声で吐き捨てたときの顔、そのままだったんです」

あの顔をこの後も何十年と見続けるのかと思ったら、耐えられなくて。それで。

Iさんはそう言うと、静かにハンカチを目にあてた。

かつての夫からは、いまでもときおりメールが届く。再び縁ができてしまうのが怖くて、返信はしていない。

都内の某社に勤務するK氏のオフィスには、表に面した大ぶりの窓ガラスがある。

窓はいつも汚れている。

年末の大掃除の際も、そこだけは誰も手をつけようとしない。

「ちょっと前、なにも知らない新人の女の子が拭こうとして、お局さまから〝余計なことしないで!〟って怒鳴られてましたっけ。あれはちょっと可哀想だったなあ」

彼によれば、そのガラス窓をきれいに磨くと普段は汚れに隠れていたシミが浮きでてくるのだという。水垢のような薄白いそれには、天地が逆になった目鼻らしき影がある。食いしばった歯と、唇らしきシルエットも見える。

「逆さまなんで一見しただけじゃ解りにくいんですけどね。ま、顔に見えるってだけなら誰も問題視しないんでしょうが……社員の多くは、見おぼえがあったんですよ」

顔は、数年前に屋上から身を投げた女子社員に瓜ふたつだった。

社内では、自殺の原因は人間関係ではと囁かれていた。いじめとしか思えない理不尽な仕打ちを苦にしての行動だともっぱらの噂だった。

「その主犯が、さっき怒鳴ったお局さまだったんですけどね」

そんなオフィスに、彼は現在もかよっている。窓はあいかわらず汚れている。

くだんのお局さまも、いまだ現役だそうだ。

R君は去年の冬、二十年ぶりに母校の小学校を訪問した。

「翌日は我が六年二組のクラス会だったんです。そこでお披露目するために〈ある物〉を掘りだそうと、幹事数名が集まったんですよ」

〈ある物〉とはタイムカプセル。クラスメイトそれぞれが「未来の自分へあてた手紙」を封入し、校庭の隅に埋めていたのである。

シャベルを手に、校庭をうろつく。目印にしていた遊具が撤去されていたため、場所を探しあてるのに時間がかかり、ようやく見つけたときには日が暮れかけていたという。

「土中から見おぼえのあるプラスチックのケースが出てきた瞬間、ちょっと泣きましたね。で、めでたしめでたしになるハズだったんですが」

幹事のひとりが「中身、たしかめてみるべ」と言いだした。

「明日、クラス会の席で開けて虫でも出てきたらパニックになるべや。いちおう確認だけしておいたほうが良いんでないかい」

深慮したような口ぶりのなかに、「早く見たい」という高揚感がにじんでいる。思えば、こいつは昔からそういうヤツだったな。内心で苦笑しながら「そうだな」と同意した。

「ま、要は私も見たかったわけです。なんせ、自分がなに書いたかも忘れてましたから」

すっかり暗くなった空の下、R君は懐中電灯でタイムカプセルを照らしてもらいながら、蓋に手をかけた。虫が出てこないことを祈りつつ、一気に開ける。

「えっ」「なに」「はぁ」

周囲から、次々に声が漏れる。

青やピンクのカラフルな封筒が並べられている、箱。

そのまんなかに、石膏で作られたとおぼしき人の顔があった。

子供の顔だった。

「思わず〝有り得ない〟って叫んじゃいました。だって、タイムカプセルを埋めるときに私も他のクラスメイトも立ち会ってるんですよ。そんなもの、誰も絶対に入れてないんですよ」

皆が混乱するなか、幹事のひとりである女性がおもむろに石膏の顔を箱から取りだすや、「これ……ミッチョンじゃん」と呟いた。

顔は、R君たちの同級生である女子生徒に酷似していた。

通称、ミッチョン。本名は麻里奈。あだ名の由来は、「みっちゃんみちみち」の出だしで有名な、粗相を揶揄する歌。つまり、彼女が授業中に漏らしたことに起因する名前。

六年間のうち、片手で数えるほどしか笑わなかった子。否、クラスメイトが笑うことを許さなかった子。クラス会の出欠を返信してこなかった、唯一の生徒。

「……じゃあ、あいつの仕業だべ。俺らに怒って妙なイタズラしたんだ。まったく、昔の話をネチネチと」

怒りのままにまくしたてる同級生を、先ほどミッチョンの名を呟いた女性が「んなワケないじゃん」と遮さえぎった。

「ミッチョン死んだんだよ。私とおなじ高校に入って、そこでもいじめられて……それで、屋上から」

「じゃあ……なんなんだコレ。イタズラだとしたら、俺らでさえ埋めた場所を迷うタイムカプセルに、どうやって入れたんだ」

同級生の疑問に、先ほど確認の音頭取りをした級友が「知らねえよ」と返す。

「待って。このお面、死んだ人の顔を保存する……デスマスクってヤツじゃないの」

「知らねえって、俺サ聞くなよ」

「つうか、高校生のときに死んでんだったら、子供のときの顔って変だべや」

「だから知らねえって言ってんだろうが!」

絶叫が校庭にこだまする。無言のまま、女性が震える手でマスクを箱へと戻した。

皆は迷った。

目の前の石膏マスクはなんなのか。この事実をどう受け取るべきなのか。そもそも明日のクラス会で、なんと報告すれば良いのか。

結論は出ないまま「ひとまず明日、持っていこう」と誰かが言い、その日は終わった。

翌日。

クラス会が催されるホテルに着くと、昨日のメンバー全員がラウンジに集まっていた。

「あれ……どうした」

小声で訊ねるR君に、タイムカプセルを預かっていた同級生が「ああ、捨てたわ」と、にこりともせず言った。

「踏んで粉々にして捨てた。やっぱりああいうのは会の空気を悪くするべや」

「そうそう。困るよ、いまさらあんな形で蒸しかえされても……ねえ」

「今日は二十年ぶりに会うんだからよ、楽しいほうが良いって。な、な」

次々に笑顔で同意するクラスメイトたち。その口調に恫喝めいたものを感じ、彼はそれ以上なにも言えなくなったという。

会がはじまり、そこらじゅうで再会を喜ぶ嬌声があがる。そのさまを会場の隅でひとり眺めながら、R君は考え続けていた。

箱のなかのミッチョンは、どんな表情をしていたのだっけ。泣き顔だったか。それとも、怒っていたか。

「必死に記憶をたどったものの、まるで思いだせませんでした」

クラス会は盛況に終わり、現在「毎年恒例にしよう」という意見が持ちあがっている。

だが、R君はもう出席するつもりはない。ハガキもださないと決めている。

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