暴霊 煽り運転の男(東京都) | コワイハナシ47

暴霊 煽り運転の男(東京都)

都内に住む知人のWさんから、深夜に電話があった。

「昨夜起こった話なんですけど、さっき妙な解決を迎えまして……聞いてほしいんです」

こんな遅くにわざわざ自分へ電話してくるということは、「そういう類の話」なのだろう。それにしても「妙な解決」とは、いったいどういう意味だろうか。

にわかに興味をおぼえ、私は椅子へ深く座りなおした。

電話をもらう前日の夜。彼は都内の国道四号線、A区のSという地区を車で走っていた。助手席には十歳になる息子のケンジ君。近所の英会話塾へ送る最中であったという。

「塾は僕らの車と逆方向、対向車線側にあったんです。なので、交差点で折りかえそうと思っていたんですが」

右折ラインで信号待ちをしていたその最中、後続の車がパッシングをくりかえしてきた。

最初のうちは「知りあいでも見つけたのかな」と思っていたが、ヘッドライトの点滅はいつになっても止む気配がない。

なんだよ。

やや苛立ったその矢先、運転手の男がDさんの車まで近づいてきた。

「開けろおおお!」

運転席の真横までくるなり、すさまじい剣幕で男が怒ど鳴なった。

年齢はおよそ二十代後半、身なりや髪の色から見てあまり素行の良い人物とは思えない。男の言動から、どうやらWさんが彼の車を煽ったと激昂しているようだった。

「けれど、僕はずっと男の車の前を走っていたんですよ。追いぬいた記憶なんてないし、急ブレーキだって踏んでいない。わけがわかりませんでした」

ひとりであれば降車して話しあうという選択肢もあったが、今日は息子が助手席にいる。自分はともかく、子供になにかされるような事態だけはなんとしても避けたかった。

止むなくわずかに窓を開け、「すみません」と謝ってみたものの、男の怒りはいっこうにおさまらない。あいかわらず「開けろお!」と叫び続け、ついには「殺すぞ!」と物騒な台詞まで飛びだした。

と、その直後に信号が変わり、二台後ろの車がクラクションを盛大に鳴らしはじめた。

「パパ……どうしたの」

身をちいさくした息子が、怯えた声で訊ねてくる。

「大丈夫、とにかく塾まで行こう」

努めて平穏な声で慰めつつ、Uターンして対向車線を走る。車を二百メートルほど先の塾の前で停車させるなり、男の車が彼らを追い越し、退路を遮るように前方で停まった。

こいつ、まだやる気かよ。

一瞬迷ってから、Wさんはケンジ君に「さ、行っておいで」とうながした。塾のなかに入ってしまえば、そうそう手出しはできまいという考えだった。

渋る息子を半ば強引に送りだし、塾へ駆けこむのを見届けてからドアをすべてロックする。直後、男が再び車に迫ってきた。

「おい、ふざけるな。殺すぞコラ!」

「なんのことですか、あまりひどいと警察を呼びますよ」

窓の隙間から警告するが、暴言はいっかな止まらない。単なる煽り文句ではない証拠に、男は運転席側のドアを何度も何度も蹴りあげていた。

これは、本当に警察沙汰かもな。

この後に待っているであろう面倒な時間を覚悟して、彼は携帯電話を手にとった。

メモ帳を起動させ、男の車の番号を控える。ナンバーは練馬、数字も間違いがないよう二度ほど見なおしてから、メモを保存した。

「殺すぞ、殺すぞ!」

男の蹴りは次第に激しさを増していた。車体が左右に揺れる。金属の陥没する厭な音が聞こえる。もう限界だった。

誤って全開にしないよう、注意深く窓をさらに数センチ開ける。

「いま、あなたのナンバーを記録しましたので。警察に通報しますから。良いですね」

努めて冷静な口調で忠告するや、男は捨て台詞がわりにドアを思いきり蹴とばしてから、無言で車に戻っていった。

遠ざかるテールランプを眺めながら、全身の力が抜けていく。ようやく車外に出られたのは、男の車が消えてから五分後のことだった。

携帯電話をライトにして、車両の状態を確認する。ドアは思った以上に損傷しており、ウインカーのプラスチック部分にも亀裂が走っていた。

ふと、息子の怯えた顔が浮かぶ。途端に怒りがこみあげてきた。

Wさんはさっそく携帯電話を手にすると警察へ電話を入れ、駆けつけた警察官に一連の出来事を伝えた。もちろん、ナンバーを知らせるのも忘れなかった。

「これだけ証拠があれば、すぐに被疑者は判明すると思います。これから無線で照会してみますから、いったん帰宅なさってください。かならず連絡します」

車両の傷を撮影し終えた警察官が、Wさんに告げる。

「その後、すぐに塾へ行って、息子を早退させてもらい帰宅して……それが、数時間前の出来事です。それで……ついさっき、警察から連絡があったんですけれど」

いなかったんですよ。

発言の意味がわからずに、「え」と惚けた声を漏らす。

「いなかった、というのは」

「該当する練馬ナンバーの車両は存在したんですが……数日前に衝突事故を起こしていて、運転手は死亡していたんです」

「は」

「警察の話ではずいぶんひどい事故だったようで、車両はすでに廃棄されているというんです。事故車として登録されているくらいだから、走行できるはずはないというんです」

「……ちなみに、その事故の現場……」

一拍置いて、Wさんが「ええ」と答えた。

「A区の高速下……まさしく、あの男に絡まれたすぐ近くなんです。死んだ運転手も……顔や名前はさすがに教えてもらえませんでしたが、年齢は二十七歳だったそうです」

「それって……」

「……どういうことなんですかね、これ。私も息子も、実際にあの男を見ているんですよ。車両だって普通に走っていたし、私の車にいたっては傷までついているんですよ」

私はなにも答えられず、電話は煮えきらぬ形で終わった。

いまのところ、続報は届いていない。

余談になるが、Wさんが男に遭遇したA区S地区では過去、いずれも車に絡んだ場所で殺人事件が発生している。憶測は控え、ここでは概要を述べるにとどめたい。

昨年、同地区にある中古車販売店の駐車場で他殺体が見つかっている。犯人は被害者の従弟で、「口論となったすえに殺害してしまい、死体を販売店の駐車場に遺棄した」と自供している。また、五キロほど離れた同区の駐車場では、二十年ほど前に首のない女性の焼死体が発見されている。犯人は連続殺人事件の容疑者として逮捕されながら証拠不十分で無実を勝ちとった男性で、捜査の結果、同区にある彼のアパートからは、腐敗した女性の頭部と切り取られた陰部が見つかっている。

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