実話 くねくね(四国) | コワイハナシ47

実話 くねくね(四国)

二〇一六年夏、私は造形作家の山下昇平氏から個展に招かれ都内某所に滞在していた。といっても鑑賞に訪れたわけではない。私の朗読に合わせ、前衛舞踏で有名な大駱駝艦がパフォーマンスを披露する、いわゆる〈コラボレーション〉をおこなったのだ。山下氏の作品を拙著に起用させてもらったことが契機の、異種格闘技戦さながらの舞台である。

とはいえこちらはズブの素人ときている。朗読など小学校以来、本格的なものは初挑戦に等しい。結果、プレッシャーと照明の熱、さらには肥え太った身体も手伝って、私は文字どおり脂汗を流しながらなんとか初舞台を終えたのであった。

さて、ここからが本題である。

ようやく緊張から解放され打ちあげの席でビールを煽っていると、N君という男性が私のもとへおずおずとやってきた。今回の裏方としてリハーサルに本番にと八面六臂の活躍をしてくれた好青年なのだが、本職は大駱駝艦に所属する、いわば舞台のプロである。

労ねぎらいの乾杯をするつもりか。それともプロの視点から指摘をされるのか。

緊張して言葉を待つ私に、彼はやはりどぎまぎとした口調で言った。

「あの……実は僕、変わった体験をしてるんです」

ビールを置き、取材モードに頭を切り替える。

こうして、忘れられぬ夜が幕を開けた。

◆◆◆◆

彼は幼いころ、四国のとある県境に住んでいた。

「片側に山があって、もう片側は海が広がってる……まあ、平凡な田舎の漁村ですよね。そこに両親と祖父母の五人で暮らしてて……それは穏やかで、平和な生活でした」

そんななか、小学校低学年のときに事件は起きる。

「その日も、僕はいつもとおなじように下校してたんですけど」

家から小学校までの通学路は、まっすぐに続く農道だった。一本道の両脇には田んぼが広がり、青々と実った稲穂が風にそよいでいる。そんな牧歌的な帰路を、彼は祖母に手をひかれつつ歩いていたのだという。

「うちの畑が通学路沿いだったのに加え、農作業を終える頃合いと下校時刻がちょうど重なっていたもので、僕のお迎えは祖母の役目だったんです」

つないだ手をおおきく揺らし、習ったばかりの唱歌を祖母と口ずさみながら闊歩する。と、道中で彼は奇妙なものに気がついた。

数十メートル先の道沿いに見える田んぼ。

そのまんなかに、人のかたちをした細長い物体が揺れている。

「そう、揺れていたんです。ひらひらと異様に細長い手がうねっていたんです。しかもそいつ、ビニールみたいに半透明なんですよ」

あきらかに人ではない。では、いったいなんなのだ。

待てよ。

もしや、これが〈案山子〉というものかもしれない。

N君の故郷ではカラスよけに案山子を用いる習慣がなかったのだという。そのため、彼は視線の先のヒトガタを案山子だろうと推測したわけである。

これは面白いものを見つけた。祖母にも教えてやらねばなるまい。

幼いN君はそのように思い、彼方を指さして祖母に訊ねた。

「ばあちゃん……あれって、かかしだよね」

その直後。

「あッ、駄目だッ」

大声で叫ぶや祖母はくるりと背を向け、歩いてきたばかりの道を戻りはじめた。

その足どりが異様に速い。繋いだ手は、ちぎれんばかりに強く握られている。

なぜUターンしたのかを訊ねる余裕もないまま、なんとか歩調をあわせて追いつくと、祖母は見たことのない険しい表情で正面を睨んでいた。

「で、僕らは別な山道をぐるりと迂回して帰ったんです。時間は倍どころじゃないですよ。家に着いたときは日が暮れかけてましたから」

結局、祖母は急な遠まわりの理由についてはなにひとつ話さなかった。N君も聞いてはいけないような気がして「なにか大人の事情があったのだろう」と疑問を飲みこんだ。

「ただ、その晩だけ祖母ばあちゃんと仏間に布団を敷いて寝たのは腑ふに落ちませんでしたね。なんでこんなことするのかな、って。まあ、考えてるうちに寝ちゃったんですけど」

さて、翌日である。

彼は昨日同様に祖母と連れだって、帰宅の途についていた。

「昨日の出来事はすっかり忘れてました。子供って毎日新しい驚きがあるでしょ。だから、〈現場〉に差しかかるまでは記憶の片隅にもありませんで……いや、ちょっと違うな」

あそこに着いても、アイツらが居なければ思いださなかったと思います。

そう。

〈案山子〉はその日も居たのである。

しかも、一体ではなかった。何十体もの細長いヒトガタが、うねうね、うねうねと手を揺らしながら田んぼを埋め尽くしていた。

「ばあちゃん……あのさ」

二度目は、最後まで言う必要はなかった。

「なんでだッ」

祖母はまたも理解しがたい叫びをあげるや、踵きびすをかえして再び昨日の山道へ向かった。

「幸い、その日は途中で知り合いの軽トラックと遭遇し、荷台に乗せてもらったんです。だから家には早く着いたんですが……問題は、その後でした」

玄関を開けるなり祖母は早足で居間へと駆けこみ、茶を啜すすっている祖父を怒ど鳴なりつけた。

「このバカタレッ、なんであんなモンがまだ居るんだッ」

その剣幕に、N君はたいそう驚いたのだという。

「ウチの祖父ちゃんって亭主関白が服着てるような人なんです。祖母ちゃん呼ぶときも〝おい〟だし、口答えなんて絶対に考えられないし。だから祖母ちゃんが祖父ちゃんに向かって声を荒げるなんて、鹿が空を飛ぶみたいなものだったんですよ。〝ああ、これは大喧嘩になるな〟とドキドキしていたんですが」

祖父は「ああ」と力なく答えるばかりで、妻の暴言に怒る様子もない。

「どうすんだッ、どうすれば良いんだッ」

「……今夜はまず寝ろ。明日なんとかすッから」

聞いたことのない祖母の口調、見たことのない祖父の憔悴。戸と惑まどうままにN君は再び仏間で就寝した。さすがにその夜は「明日もまた〈案山子〉を見ちゃったらどうしよう」と、すこし怖くなった。

「まあ、心配は杞憂だったんですけどね。翌日は、下校しなかったので」

〈案山子〉を目撃してから三日目の朝。

彼は上級生に囲まれながら、学校までの道を歩いていた。

「ウチの学校は集団登校が義務づけられていたんですけど、その際は並ぶ順番も決まっていまして。円で例えると、いちばん外周には五、六年生。その内側に三、四年。僕ら一、二年は中心を歩くような形になるんですね。そんなに交通量はないんですが、まあ念のための安全策だったんでしょう」

異変に気がついたのは、ちょうど〈あの場所〉が見えてきた直後だった。

「あれっ」

いつもは間近なランドセルの群れが、遠い。

触れば背中に届くはずの上級生たちが、何メートルも先を歩いている。

普段と変わらぬ歩幅のつもりだったけれど、遅れちゃったのかな。

慌てて駆けだそうとした刹那、気がついた。

背後の上級生が、はるか後方を闊かっ歩ぽしている。両脇のクラスメイトも遠く離れており、自分の周囲には誰もいない。

どういうことだ。

前を行く集団と距離が開いたのは、まだ「自分が遅かったのだ」と理解できる。しかし、だとすれば後ろや真横を歩く集団にも抜かれていなければ理屈が合わない。

わけがわからないまま足を速めたが、間隔はいっかな縮まらない。後方もあいかわらず彼方にあって、近づく気配さえ見えなかった。

自分だけがこの道で取り残されている。

理解しがたい状況に彼はひどく混乱をきたし。

そして。

「気がついたときには、保健室のベッドでした」

目を開けると心配そうに両親と祖母がN君を覘きこんでいる。その隙間を縫うように保健室の教員が顔をだし、「登校中に貧血起こしたのよ、おぼえてるかな」と、優しい声で訊ねてきた。

「ぼく……」

「行くぞ」

教員へ答えるより早く、父が彼を抱きあげた。

そのまま車に乗せられ、村はずれに向かう。着いたのは、祈祷師として知られる男性が暮らす民家だった。

「家に入ってからの記憶は曖昧なんですが、変なお祈りみたいなのをやらされたような気がします。で、その日はそこの離れに泊まって、翌朝に両親と祖父母が迎えにきました」

家族の顔は、昨晩までとはうってかわって朗らかだった。

祈祷師も、皆に向かって「もう大丈夫だろう」と笑った。

彼の話では、N君と祖母が目にしたものは、「この土地に棲まう神様のようなもので、昔は人々を守っていたのだが、とっくに腐ってしまった」のだという。

「子供は呼ばれやすいからな、危なかったよ」

祈祷師はそう言うと、笑顔を浮かべてN君の頭を撫でた。その笑みに安堵した彼は、好奇心のおもむくままに質問をぶつけた。

「あぶなかった、って……どうなっちゃうの」

答えるべきか一瞬迷ってから、祈祷師が呟いた。

「あれを長く見ると、神経をやられる。心が齧られる。身体だけの〈案山子〉になる」

幸い、N君はその後なにごともなく(彼が体験した不思議な話はほかにもあるのだが、それはまた別の機会にお知らせしたい)元気に過ごしている。

村も田んぼも、ほとんどその姿を変えずに現在も残っているそうだ。

◆◆◆◆

さて、如何であっただろうか。

読者諸兄の何名かは、私とおなじ感想を抱いたかもしれない。

自分はこの話を知っている、と。

これは『くねくね』ではないのか、と。

ご存知ない方のためにかいつまんで説明すると、『くねくね』とはインターネット上の匿名掲示板を発祥とする、有名な都市伝説である。その中身にはさまざまなバリエーションがあるのだけれど、ここでは初出と思われるバージョン『わからないほうがいい』の概要をご紹介したいと思う。

物語は投稿者の女性による「わたしの弟から聞いた本当の話です」なる一文ではじまり、弟の友人であるA君が、夏休みに家族で祖父母の田舎を訪れたときのこと……と続いていく。

盛夏とあって天気は快晴、窓の向こうの田んぼも緑に萌えている。だがなぜかA君と彼の兄は外で遊ぶ気になれず、家のなかで時間をもてあましていたのだという。

しばらく経ったころ、突然兄が立ちあがるなり、窓辺へまっすぐ近づいていった。

驚いたA君が兄に続きその視線を追いかけると、田んぼのなかに、男とも女ともつかない白い服を着た人物が立っている。

あんなところで、なにをしているのだろう。

A君が訝しんでいたその矢先、白服がくねくねとその身体を動かしはじめた。踊りのように見えたが、なんとも不自然な関節の曲がり方でとうてい人間の動きとは思えない。

気味が悪くなった彼は、兄に「あれ、なんだろ」と訊ねる。

兄は当初、「わからない」と答えていたものの、直後になにかを悟ったようで、さっと表情を変え、

「わかった。でも、わからないほうがいい」

と、言った。

……ここで話は投稿者の視点、つまり弟から話を聞いている場面へと戻る。

弟の「結局A君もそれがなんだったのか、いまもわからないんだって」という言葉に「だったらお兄さんにもう一度聞けばいいじゃない」と、投稿者は不満を訴える。

そして、そんな姉の物言いに弟がひとこと告げて、物語は終わる。

「A君のお兄さん……いま、■■■■になっちゃってるんだよ」

以上が『くねくね』として知られる都市伝説のおおまかな流れである。最後の箇所には精神的な錯乱をあらわす言葉が入るのだが、私の判断で伏せ字とさせていただいた。気になる方は、ウェブで検索していただきたい。

この話の発表以降、近似の体験談が相次いで掲示板に投稿された。基本的な筋立てこそ先述の『わからないほうがいい』とおなじものだが、各話とも「兄の異変を知った祖母が〝あの子はもう駄目だ〟となにかを知っているかのように泣きだす」「異形の正体に関して祖父が説明してくれる」など、細かな改変が加えられている……。

もう、お気づきだろう。

田んぼでくねくねと踊る細長いヒトガタ。地元の住民だけが知る禁忌。目にすると気がおかしくなるという特性……そう、『くねくね』と、N君が目撃した奇妙な〈案山子〉は、その形状から登場するシチュエーション、その謂いわれまでもが酷似しているのである。

話を聞き終えた私は、さりげなく彼にいくつかの質問を投げてみた。怖い話は好きか、友人にその手の話を好む人物はいないか、普段はどのくらいの頻度でインターネットを利用するか、などなど。

そう、私は疑ったのだ。もしや彼は『くねくね』を知っているのではないか。「体験談である」というのは偽りなのではないか。百歩譲ってオリジナルを知らなかったとしても、友人の語りや書籍などで見聞きしたのではないか……そのように考えたのだ。

結果から申しあげるなら、答えは「ノー」だった。彼はこちらの問いにきょとんとするばかりで、あえて誘導したひっかけの質問にもなんら反応を示さなかった。もちろんそれ自体が演技である可能性とて無いわけではない。しかし、ここ数日長い時間をともにした経験から鑑みて、その疑いはかぎりなく低かった。

「この人は嘘をついていない」と確信した瞬間の衝撃を、ご理解いただけるだろうか。

驚いたなどというものではない。

なにせ私は、『くねくね』は《創作》だと思っていたのだから。

もうすこしだけ、退屈な講釈におつきあい願いたい。

二〇〇〇年初頭から、〈ネット怪談〉と称される体験談が大型掲示板を中心に広まった。『くねくね』のほかにも、『コトリバコ』『ヤマノケ』『八尺様』など、発表から十年以上が経ってなお、語り継がれている名作も多い。

各話に共通しているのは、主人公の生活圏から遠く離れた田舎の集落、そこに伝わる禁忌、それを破ってしまう若者、解決法を知る村の古老や神職に就く人間……そして、インターネット上で発表されていること。

そう、語られている物語はいずれも「ウェブの外で起こった出来事」「インターネットでは知り得ない知識やタブー」なのである。

これこそが〈ネット怪談〉流行の背景なのでは、と私は思っている。

インターネットという、世界中の知識が集積された電脳空間。ひとたび検索をかければ夕飯のレシピから異国の交通情報まで、ありとあらゆる情報が手に入る大海原は我々の生活を大きく変えた。

だが、「常に用意されている答え」は、同時に「漠然とした不安」も産む。本当に世界のすべては明らかになったのだろうか、この世から謎は消えてしまったのだろうか。それに対する反動が、「インターネットが届かない場所」の「秘匿された情報」、つまりは一連の〈ネット怪談〉なのだろう、と私は考えていたわけだ。ゆえに〈ネット怪談〉は創作だと思っていたわけだ。

ところが『くねくね』は《実話》だった。体験者は実在した。

すると『コトリバコ』や『ヤマノケ』などの〈ネット怪談〉も実話かもしれない……ということか。それだけではない。あまりに荒唐無稽、いくらなんでも非現実的だと掲載を見送ってきた数多の体験談も、実際に起こっていた可能性が否めなくなる。笑い飛ばしたあの話も、記憶の彼方に葬り去っていたあの話も、自分の隣や背後で静かに発生していたかもしれないというのか。

だとしたら。

私はもう、なにも信じられないではないか。

気づいた瞬間、視界が、すう、と暗くなったような錯覚をおぼえる。

私は、N君に謝辞を述べてから「今度里帰りする際には、その旨を報せてほしい」と告げた。

同行するつもりだった。

現地を取材し、証言を集めて〈案山子〉の正体を見極めるつもりだった。

なにが虚構で、なにが真実なのか。それが知りたかった。

彼は私の不躾な申し出を快諾し、「かならず連絡しますね。たぶん来年の夏くらいには規制するはずです」と答えた。

まもなく、夏が来る。

◆◆◆◆

この話をこれほど長々と書いたのには、もうひとつ理由がある。

それを説明する代わりに、ある体験談を記してみたいと思う。

次にご紹介するのは、私がパーソナリティーを務める山形のローカルラジオ番組に昨秋寄せられた、男性リスナーからのメールをまとめたものである。

臨場感をすこしでも感じてもらいたく、リスナーの文面に準拠する形にしてみた。

続き
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