蔵を守る老婆(北海道江差町) | コワイハナシ47

蔵を守る老婆(北海道江差町)

道南の江差町は古くは北前船とニシンで栄えた町である。

旧中村家、横山家が有名ではあるが、実は古くからの財産が残されている家が他にもあるようだ。

木口さんは大工である。

数年前に親父から代を引き継ぎ、小さな会社を経営している。

「おぉ、誠、今日は小林さんのとこに行ってくれ。さっき電話があってな」

朝に父親から声を掛けられた。

小林さんの家は木口家にとってはお得意様である。

住宅の新築や母屋の敷地にある蔵のメンテナンスは、ずっと親父が担当していた。

九時過ぎに小林宅を訪れる。

要望の襖の建て付けや床鳴りを修繕する。

一休みということで、お茶を頂きながら世間話をしていた。

「そうそう、また棟梁に蔵のほうをお願いしたいんだけど」

小林さんの言う棟梁とは父親のことである。

「何か不具合があるんですか?親父じゃなくても、ちょっと俺が見ますよ」

その言葉に小林さんは少し困った表情を浮かべ愛想笑いをする。

確かにこれまでは、蔵の修理は親父が一人で請け負ってきた。

ただ、今では親父に引けを取るとは思わない。

半ば強引に鍵を受け取り、蔵の前に立った。

その蔵には古い立派な錠前が施されている。

ガチャンという重厚な音とともに、鍵は外れた。

「で、何処に不具合があるんですか?」

一歩蔵の中に入り、辺りを窺う。

小林さんは蔵の外におり、中を見ようともしない。

「多分、奥のほうの棚が壊れていると思うんです」

小さな明かり取り窓だけが採光場所である為、蔵の中は薄暗い。

どれどれと奥に進むと棚が壊れ、古い木箱や行李こうりが足下に転がっていた。

「あー、ありました!確かに壊れてますね」

木口さんは物を避け、寸法を測りメモを取る。

突然、背後に人の気配がした。

振り向くと和装の老婆が立っている。

『出ていけ!!』

物凄い剣幕で怒鳴られた。

謝りながら蔵の外へ出る木口さん。

待ち構えていたように、小林さんはすぐさま扉を閉じ、錠前を掛ける。

「いや、あのお婆さん……」

「じゃあ、工事の日程が決まったら連絡ください」

「だから、中のお婆さん……」

「誰もいませんよ。何を言ってるんですか?」

強い口調の小林さんに、それ以上は何も言うことができなかった。

会社に戻っても、先程のお婆さんが気になって仕方がない。

(いつの間にか中に入ってきたのか?それなら、小林さんが気付くだろう。いや、最初から中にいたとか?いやいや、それなら閉じ込められてたってことだろ)

答えの出ない堂々巡りの考えに、苛つきを覚える。

仕事が終わり、父親との晩酌の時間となった。

「今日も問題なかったか?」

「ああ」

ビールを一気飲みし、逡巡した後、父親に訊ねた。

「小林さんのとこの蔵なんだけどさ……」

父親はグラスを置き、真剣な表情になる。

「まさか、入ったのか?」

黙って頷くと、父親は考え込む。

「そうだよなぁ、ちゃんと伝えないと、今後もあるしなぁ」

父親は、あの老婆が小林家の曾祖母であることを話した。

「なかなか気難しい人なんだよ」

「え……それって?小林さんの曾祖母って……小林さん、そんな歳じゃないだろ」

「だから、そういうことなんだって」

父親の言葉に察しが付く。

確かに怒鳴られたときも、声というより、頭の中に直接響いたように感じた。

そして小林さんの対応にも合点がいく。

「まあ、棚が壊れてたってな。寸法は採ったんだろうから、材木の準備をしないとな」

翌日、父親が久しぶりに会社にやってきた。

ヒノキアスナロを発注し、溶剤も手配する。

「兎に角まぁ、色々とうるさい人なんだって」

父親は、そう笑いながら段取りの説明を始めた。

そして数日後に注文した材木が届くと、今度は面取りから溶剤加工までを手取り足取り教えてくれた。

木口さんにしてみると、久々に新人の頃に戻ったような気持ちになった。

前回の訪問から約一カ月後、木口さんは父親とともに小林邸を訪れた。

「あー、棟梁も来てくれたんだね」

小林さんは嬉しそうに笑う。

「まあ、いつものようにきっちりと仕事しますから」

鍵を預かり、父親は蔵を開けた。

「失礼します」

現役の頃を思わせる声で、中に入っていく。

「じゃあ、作業させてもらいますから。宜しくお願いしますよ」

誰もいない空間に向かって声を上げる。

父親の指示の下、作業に邪魔になりそうな物を養生した場所に避けていく。

「丁寧に扱え。後、順番を間違えるな。元通りにするんだぞ」

厳しい表情で指示を飛ばす父親に、木口さんは圧倒される。

昔も口うるさいところはあったが、ここまで真剣なのは初めて見た。

一つ一つの指示に大きく返事をしながら、助手として必死に作業に当たる。

「よーし、物を戻すぞ」

ずっしりと重い行李や木箱には、沢山の物が詰め込まれているのだろう。

汗を掻きながら、全ての作業を終えた。

「どーも、これで作業が終わりましたので、失礼しますよ」

父親が声を掛けると、目の前に老婆が現れた。

どうやら修理した棚のほうを見ているようだ。

『お疲れさま。では、早く出ていってください』

また頭の中に声が響く。

「失礼しました」

蔵の中へ向かって頭を下げる父親。

木口さんも倣って頭を下げた。

老婆を残したまま、蔵の門は閉ざされ、鍵は掛けられた。

そして、小林さんに作業を終えたことを報告し、現場を後にした。

その日の晩酌時、木口さんは父親に思っていたことを訊ねる。

「親父は霊が怖くないのか?それにあの作業で良かったのか?」と。

「生きてる人も死んでる人も、怒らせなきゃ怖くないだろ」

そう父親は笑う。

作業の結果については、不味かったら怒鳴られると教えてくれた。

コツは同じ物を使って、同じに見えるように仕上げることだという。

「あの行李の中身は何なんだろうね?」

「分からんがお宝なんだろう。毎回、早く出ていけって言うんだから、相当のもんだろ」

「そういえばさぁ、小林さんはどうして棚が壊れているのが分かったんだろう?中に入らないのに」

「そりゃあ、毎晩枕元に立つからさ。直るまでな」

あの家に嫁ぐ者は大変だろう、と父親は豪快に笑った。

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