札幌は手稲区のとある住宅街を山間部へ向かって進む。
高速道路の高架下を抜け、砂利道に入った頃右手奥側にひっそりと佇む廃墟がある。
元旅館であったこの場所には、かつて一世を風靡した霊能力者が訪れたこともあり、入り口に煙草のお供えを置かずに帰ると呪われる、という噂がある。
山崎さんは心霊スポットマニアである。
ある夏の日、ネットで知り合った同好の士である谷さんと、現地で待ち合わせて探検することにした。
零時を回った頃、待ち合わせ場所に谷さんが到着した。
今回は、噂のジンクス〈煙草を置いてくる〉という行為を敢えて無視して、実害が出るかどうかを確かめる実験も兼ねていた。
入り口に向かい、心許ない懐中電灯の明かりで草の生い茂ったところを進む。
──バササッ。
建物が照らし出されたのと同時に、上から何かが落ちてくる音が聞こえた。
音のほうに向かって明かりを向けるも、異常は見受けられない。
恐らく、小動物の類が木々から落下したのだろう、と判断する。
気を取り直し、前方へ進む。
建物の玄関ドアは既に外れており、内部を照らす光円はゴミが散乱した室内を浮かび上がらせる。
玄関へ足を踏み入れると、左側の壁に千本以上の煙草が整然と積み上げられていた。
荒らされた室内に比べ、ここだけはルールが守られている。
そう考えると薄ら寒いものを感じた。
本日の目的の探検を続ける。
右手奥の通路の先には浴場があった。
十畳位の広さだろうか、割れた鏡が散らばり、細かいタイルも剥げ落ちている。
ここで自殺した女性がいるという話だったので、撮影を試みるも特にこれといった異常は起きなかった。
通路を戻り、一階の奥へと進む。
どうやらここはホールか何かだったのだろう。
昭和を思わせるレトロな原色系のソファーやテーブルが薙ぎ倒されており、破れた襖や安っぽい壺も転がっている。
和洋の統一感がない空間は、独特の世界観を醸し出していた。
そして少し奥には鹿の剥製があった。
「いいこと思いついた」
谷さんは笑いながら鹿の剥製に跨がる。
そして記念撮影を求めてきた。
撮影したデジカメを確認すると、谷さんを覆い隠すように下から伸びた大きな光球が写っていた。
「やっぱ、やばいんだってここ」
尻込みする山崎さんを放置して、谷さんはあちこちを物色して回る。
「見っけ、これこれ」
谷さんは得意そうな顔で、ガラスケースに入った日本人形を持ち上げる。
この人形は某霊能力者が「馬鹿にしてもいけないし、絶対に触ってはいけない」と言った代物である。
息を飲む山崎さんを尻目に、不穏な笑みを浮かべる谷さん。
谷さんはケースから人形を取り出し、その頭を掴んで振り回し始めた。
「馬鹿、ダメだって!それはヤバイって!」
言葉を発した瞬間、山崎さんの後ろ髪がグンと後ろへ引っ張られた。
当然、背後には誰もいない。
恐怖の余り、悲鳴を上げながら山崎さんは駆け出した。
そのまま自分の車に飛び乗り、猛スピードで発進させた。
「おい、まだ二階に行ってないって!!おい!!」
谷さんの声など知ったことではない。それを気に留める余裕などなかった。
それから三日ほど、何事もなく過ぎた。
谷さんからは何度か着信があったが無視を決め込んでいた。
時に、現実の苦痛より精神的な苦痛のほうが怒りを募らせることがある。
このときは正にそういう状態だった。
怒りがなかなか収まらないでいると、どうしても谷さんのことを考えてしまう。
谷さんは、今までに何カ所もの心霊スポット探訪を共にしてきた仲である。
しかし、これまで谷さんはあんな暴挙に及んだことは一度もなかった。
(……ちゃんと話し合ってみるか)
連絡を取り、ファミレスで待ち合わせることにした。
「お前、大丈夫なのかよ?」
待ち合わせ場所に訪れた谷さんの顔を見て、思わず言葉が出た。
顔色が悪く、痩せこけていたのだ。
「別に何でもないって」
弱々しい言葉は、嘘を吐いているように思えた。
「それよりさ、あの旅館をちゃんと回ろうぜ。そうしないと……」
会話の途中で山崎さんは席を立った。
本能的に〈巻き込まれる〉と判断したのだ。
駐車場から車を出すと、谷さんの車が後を付いてきた。
冗談じゃない、と振り切るつもりで加速した瞬間。
──ガシャーーン!
バックミラーで確認すると、中央分離帯を飛び越えた谷さんの車は、反対車線で横転しているようだった。
逡巡したが、山崎さんの足はアクセルを強く踏み込み、そのまま立ち去った。
後日、ローカルニュースで谷さんの事故死を知った。
その日から体調が悪くなり、体重が減り続けた。
罪悪感という言葉だけではない。
全身が重い何かに押し潰され続けているような感覚が付き纏う。
医療機関では異常が見つからない。
お祓いも受けたが効果が感じられない。
山崎さんはどうしたらいいのかと途方に暮れている。