札幌の豊平区にひつじヶ丘展望台はある。
石狩平野を一望でき、有名なクラーク像があることでも知られている。
ある冬の日、石田さんは友人のミユキさんと北海道旅行に来ていた。
旅行の最大の目的は、ススキノで北海道グルメを堪能することであり、その為、日中は近場の観光スポットであるHヶ丘展望台を訪れていた。
真っ白に染まった石狩平野は彼女達を魅了する。
雪玉を作ってぶつけ合ったり、冬の楽しさを満喫していた。
クラーク像の前で同じポーズを取り、記念撮影をする定番の観光も堪能した。
すると急に吹雪き始めた。
彼女達にとっては、吹雪すら新鮮で楽しい。
顔の冷たさや、本当に周囲が見えなくなることに歓声を上げながら、スマホで撮影を続けた。
収まる様子のない吹雪の中、急にミユキさんの声が聞こえなくなった。
「ねぇ、ミユキ?ミユキってば!?」
呼び掛けるが、何の返答もない。
「ちょっとー、ミユキー!」
石田さんは真っ白い世界に一人取り残されたような気分になり、不安になった。
雪の勢いは益々強まり、顔面は痛みしか感じない。
もはや、まともに目を開けていることも困難になった。
「ミユキーーーーッ!!」
目を閉じたまま、ミユキさんの名を叫んだ。
……周囲がざわついている。
目を開けると、大勢の観光客が石田さんを見ていた。
既に吹雪は止み、晴れ渡った空が広がっている。
しかし、周囲にミユキさんの姿は見えない。
付近を走り回り、必死になってミユキさんの姿を探す。
息が切れた頃、ふと携帯を思い出した。
早速呼び出すが、一向に出てくれない。
(何か怒らせることしたかな?ホテルに戻ってるのかな?)
その場で逡巡していると、バッと雪が宙に舞った。
舞う雪は渦を作り、人一人程の大きさの竜巻となる。
唖然としてそれを見つめていると、やがて回転は落ち、その場にミユキさんが現れた。
「馬鹿!何処に行ってたのよ!」
先に声を発したのはミユキさんである。
「え?いや、何処って?」
散々探していたのは石田さんのほうである。
「トイレに行くなら行くって言ってよね、もう」
全く要領が掴めない。
消えたミユキさんが突然目の前に現れて、それなのに怒られているこの状況。
「えっ?こんな時間じゃん。もう、石田の所為で、全然楽しめなかったじゃん」
ミユキさんに引っ張られタクシーに乗り込むと、二人はススキノへと向かった。
予約していた店の食事に、ミユキさんは大変満足しているようである。
機嫌良く食べ続けている。
その一方、石田さんは釈然としない。
ひつじヶ丘展望台から、会話が噛み合っていないのだ。
「なーに、石田、あたし怒り過ぎた?ごめんてば」
「そうじゃなくて、いなくなってたのはミユキでしょ?」
「はぁ?」
ミユキさんの言い分はこうである。
ひつじヶ丘展望台に着くと、すぐに石田さんの姿が見えなくなった。
勝手にトイレに行ったのだろうと、トイレの前で待ち続けても一向に出てこない。
行き違いになったのか、と電話を掛けるが繋がらない。
散々探し続け、ホテルに戻るのか予約してある店に向かうのかを悩んでいたそうだ。
これで最後、と探していると、ふらっと石田さんがその姿を見せたというのである。
その時間は約二時間に及ぶという。
「ちょっと待ってよ。だって写真だって撮ったじゃない」
石田さんは自分のスマホを取り出しカメラロールから画像を探すが、Hヶ丘展望台のものは何一つ出てこなかった。
「もういいって!分かった分かった、今日のことはなし!明日からの旅行を楽しもう!」
ミユキさんはそう言うとジョッキの中身を飲み干した。
石田さんは未だに釈然としないままであるという。