札幌は豊平区美園のとあるアパート。
間取りは二部屋の単身向けの建物であるが、何故か201号室でだけ異変が起きる。
その昔、裏手にある別のアパートで火災があり、複数人が亡くなったという話だが、関連を裏付けるものはない。
工藤さんは多少の霊体験をこれまでにもしてきた。
霊は何処にでもいるから、何処でも遭遇するものであるというのが彼のポリシーである。
ある秋の日、彼はこのアパートに引っ越してきた。
近隣の環境も悪くないし、室内もとても明るい。
荷解きを終え、新生活が始まる。
それから何事もなくひと月程が過ぎた。
帰宅した彼が玄関ドアを開けると、一人の男性が立っていた。
ぎょっとして一歩下がるも、男は微動だにしない。
ああこれは霊なんだ、と認識し、無視して室内に入る。
夕食を食べ終わった頃には男の姿は消えていた。
別の日、そろそろ寝ようかとリモコンへ手を伸ばすと、勝手に照明が消えた。
工藤さんは霊を見たことはあるが、物理的な作用を伴う事例は一度も経験がなかった。
自分の意志と無関係な事象が勝手に起きたことに対し、酷く恐怖を覚えた。
慌てて照明を点けるが、程なく明滅を繰り返し始めた。
部屋中に人の気配が濃密になっていった瞬間、布団を頭まで被り寝たふりを決め込んだ。
いつの間にか本当に寝てしまっていたようで、気が付いたら朝になっていた。
あれからは特に何事もなかったように思える。
例の照明は消えた状態になっていた。
また別の日、夕食を終えた工藤さんはテレビを見ていた。
すると突然、BDブルーレイデッキからディスクトレーが出てきた。
リモコンには触れてないし、本体からは離れたところにいた。
慌ててトレーを仕舞うも、すぐに飛び出してくる。
終いには開閉を繰り返すようになったので、また布団に潜り込んだ。
布団越しでも分かる人の気配が数人分、感じられる。
結局、朝方になるとデッキの作動音も消え、人の気配も消えた。
テレビだけがそのままの状態で点いたままになっていた。
それから約半月後の夜、くつろいでいた彼にまた異変が起こる。
まずは照明の明滅、テレビの電源もオンオフを繰り返した。
ラックに仕舞ってあったCDも飛び出して床に落下。
ティッシュペーパーもボックスからするすると引き出され続けた。
避難するように布団に潜り込む彼。
何故かその日は人の気配がしてこない。
ただ、様々な音がしている為、色々なことが起きているであろうことだけは容易に想像できた。
時間が経つにつれ、少し冷静になった。
……ラジオが聞こえるということは、デッキが作動しているな。
テレビは点きっぱなしになったようだ。
軽い落下音はCDか本だな。
人の気配がしない以上、一度様子を見てみようという気になってきた。
そーっと布団を捲り、部屋の状態を窺う。
物が散乱し、酷い有様である。
静かになった室内は、物理作用が収まったことを示していた。
もう大丈夫そうだな、と布団から抜け出て片付けを始める。
本棚に散らばった本を収めた瞬間、背後から強烈な気配が湧き上がった。
その圧力に負け、彼はそのまま意識を失った。
……結局、半年も経たずに、彼は引っ越しを決めた。
早急に部屋探しをした為、新居は納得のいく物件ではなかったが、ここよりは遥かにマシである。
管理会社の担当による立ち会いの下、部屋の引き渡しの日を迎えた。
室内の確認を終え、鍵を手渡す。
「どうもありがとうございました」
玄関先で担当者に挨拶され、ふと振り返る。
──担当者の姿に覆い被さるように、部屋一杯の巨大な顔が一つあった。
その中年男性の顔は無精髭を伸ばし、大きな目玉をぎょろりと一回りさせ、工藤さんを睨み付けた。
「しっ、失礼しまぁーすっ!!」
思わず裏返った声でその場を立ち去る。
時々、あの部屋を思い出すことがあるという。
ただ、あの部屋について管理会社に確認をすることは、この先も二度とはないだろう。