苔の洞門の精(北海道千歳市) | コワイハナシ47

苔の洞門の精(北海道千歳市)

千歳市に苔の洞門という場所がある。

かつて、樽前山の噴火で流れ出た溶岩の割れ目が侵食され、渓谷となった。

その岩肌には苔が生え、圧倒的な緑の壁は幻想的な世界を垣間見せる。

最近では、岩盤崩落の危険性から閉鎖されていることが多かったが、期間限定で開放されるようになってきている。

小田さんがここを訪れたのは、まだ閉鎖される前の話。

平日であったが、観光客の数は多かった。

駐車場から徒歩で現地へ向かう。

いざ、コースの入り口に立つと、その自然の織り成す脅威に息を飲んだ。

観光客は次々に緑の割れ目へ吸い込まれていくが、小田さんは違う。

苔をまじまじと眺め、少し離れた場所との苔の違いにも気付いたりしていた。

(いやぁ、実に素晴らしい)

持参したカメラに景色を収める。

三脚まで活用し、記念撮影も何度も繰り返した。

ふと気付くと、周囲に観光客の姿は見えなくなっていた。

全く意に介さない彼は、また苔を至近距離から撮影していた。

(んっ?)

ファインダー越しに黄緑色の苔が見える。

その死角から、もっと濃い緑色のモノがチラリと入り込んだように見えた。

眼前からカメラを外し、自分の目で苔を見やる。

特に異常はない。

またファインダー越しに覗くと、チラリチラリと何かが入り込む。

ままよ、とばかりにシャッターを切った。

画像データを確認すると、白色の球体の中に小さな緑色の人影が入り込んでいる。

ただ、人影の顔や衣服などはよく確認できない。

喩えるなら、曇りガラス越しに緑の人影を見ているような感じである。

(これは妖精とかの類だろうか?)

普段はそういうことに否定的な小田さんであったが、この状況下ではあり得ることだと思い始めていた。

暫くその場でシャッターを切り続けたものの、その後は一枚も写ってはくれなかった。

気を取り直し、先に進むことにする。

進路を奥に進めば、更に凄いモノが撮れるかもしれない、という期待もあった。

緑の岩場を潜り、少しの岩場をよじ登る。

ふと来た道を振り返ると、その光景に涙が零れた。

このとき何故か、自分はもうここに来ることはできない──という思いに囚われ、酷く寂しい気持ちになった。

この景色もファインダーに収める。

その後も道すがら、何枚も撮影を続けた。

結局、コースの最後まで辿り着いても、緑の小人の姿を捉えることはできなかった。

帰宅後、画像データをプリントアウトする。

あの岩場から撮った景色には無数の白い球が写り、そのいずれにも小人の姿は存在していた。

そして間もなく、小田さんに病気が発覚する。

長い入院生活を余儀なくされ、退院した後は両足が不自由になっていた。

あのとき感じた思いは間違いではなかった。

ただ、それも仕方がないし、ある意味どうでもいい。

小田さんの財布には今も大切に、〈あの光景の写真〉が仕舞われているのだから。

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