ここは江別市にある小さな駅。
近郊の駅に比べると、圧倒的に自殺者が多いことで知られている。
武田さんは営業のサラリーマンである。
取引先があるため、いつもこの駅を利用している。
自殺が多いことも知っているし、目撃したことも当然ある。
ある日のこと。
所用を済ませ、移動の為に電車を待っていた。
スーツ姿の男がスッと横に立つ。
(ちゃんと列に並べよな)
そう苛ついた瞬間、電車が入ってきた。
呼応するように、横の男は線路に身体を投げ出す。
(バカ、やっちまった)
思わず顔を背け、周囲の音に耳を澄ます。
「あのー、乗ってくださいよ」
背後から声を掛けられた。
怪訝けげんそうな顔で武田さんを見る青年。
「いや!今!」
面倒くさそうに武田さんを追い越し、乗客はどんどん電車に乗り込んでいく。
(見てないのか?今飛び込んだだろ!)
状況を理解できず、動転した。
「えー、ドアが閉まりまーす」
アナウンスで我に返り、扉が閉じる前に慌てて電車へ飛び乗った。
座席に腰を下ろし、項垂うなだれるようにして大きく息を吐く。
夢でも見たのだろうか?
自問するが、答えなど出ない。
ふっと視線を戻すと、視界の右隅に見覚えのあるスーツが過ぎった。
一瞬のことではあったが、男の顔を覚えている。
(さっき飛び込んだ男!!)
動揺する武田さんを尻目に、その男は真っすぐ前を向いている。
(生きている……よな?)
無表情ではあるが、生者と変わらぬ色を宿している。
(じゃあ、やっぱり錯覚だったんだな)
そうこう考えている内に、降りる駅に電車が停まる。
武田さんが立つと、横の男も立ち上がった。
後に続くように一緒に電車を降りる。
男は何処までも武田さんの後を付いてくる。
「ちょっとあんた、何の用ですか?」
男は無表情なまま武田さんの顔を見続ける。
苛つき、肩を突き飛ばそうとした手が、男の身体をすり抜けた。
(へっ!?)
そこで男がこの世の者ではないと漸く気付いた。
霊が取り憑くとは聞いたことがあるが、それはこんな状況だろうか?
何かが違うような気がする。
思案した武田さんは無視することにした。
しかし無視をしていても、ずっと後を付けられているとなると流石に疲れる。
とはいえ、会社の同僚に相談しようものなら、頭の心配をされるだろう。
結局、その日の仕事を終え、終業時間になった。
やはり男は付いてきて、自宅まで一緒に帰るはめになった。
唯一の安らげる時間が男の所為で台無しである。
能面のような無表情は気持ちが悪過ぎた。
食事を済ませ、早々に床に就くことにする。
布団に潜り、さり気なく横を見た。
先程まで、武田さんの体勢に倣うように、右横側で寝る姿勢を取っていたはずである。
その姿が見えない。
喜びの余り、上半身を起こすと、床面から男の顔が浮かんできた。
武田さんが身体を横にすると、男の顔も床に沈んだ。
意味が分からない。気持ち悪さに拍車が掛かっている。
武田さんは男に背を向け、寝ることにした。
それから二、三十分経った頃だろうか。
ウトウトしかけると、階下から女性の悲鳴が聞こえた。
その声に驚き、飛び起きる。
ふと横を見るが、床に男の顔はない。
完全に立ち上がるが、何処にも男の姿を見ることはなかった。
(どうやら沈んだのか……)
何となく状況から、そう思えた。
それから三日程は平穏な日々を過ごせた。
しかし仕事上、T砂駅に行く必要性が出てくる。
気にし過ぎなのかもしれないが、駅に電車が着いた瞬間から変に緊張をしてしまっていた。
ところが何事もなく構内を通り過ぎ、取引先に向かった。
仕事を終え、またT砂駅へ戻ってきた武田さん。
周囲にあの男はいない。
やはり、あの日だけの問題だったのだろう。
そう思った瞬間、電車が駅に入ってきた。
──スッ……。
突然その場に現れ、身を放り出すスーツの男。
前回とは違い、捻れたように首をこちらに向けている。
いや、通常ではあり得ない角度である。男は真後ろを向いていた。
そして電車に撥ねられたと思った瞬間、男の身体は弾けるように消えた。
「で、想像通りですよ。ええ……」
やはり男は武田さんの後を付いてきた。
首を真後ろに向けながらではあるのだが……。
武田さんが就寝すると、階下から悲鳴が聞こえ、男の姿が消える。
既に同じことを六度繰り返した。
現在、武田さんは担当地区の配置換えを会社に申請している。
何度体験したところで、慣れることはない。
何より気になるのが、回数を重ねる毎に男の身体は変化していく点だ。
腕が千切れ、足が歪に曲がる。
最終型を見る前に、申請が受理されることを願っている。