江別の古民家(北海道江別市) | コワイハナシ47

江別の古民家(北海道江別市)

江別のとある道から少し外れると、ぽつりと建っている家がある。

打ち捨てられたような建物は、マニアの間では心霊スポットとして噂され始めている。

津高さんは結構な数の心霊スポット巡りをしてきた。

有名どころは大体押さえており、穴場を探して日々ネットで交流を深めていた。

ある日のこと、新しいスポットが見つかったという知らせが入る。

ネット仲間から詳細な住所を聞き、翌日の二十四時に現地で待ち合わせる約束をした。

その日、津高さんは張り切り過ぎて、古民家の前に二十三時頃には到着してしまった。

幾ら何でも早過ぎたと思いながらも、外観を懐中電灯で照らして様子を窺う。

磨りガラス越しに、色々と物が置かれているのが分かる。

こういうパターンは生活感を残したまま、ある日いなくなったケースであり、心霊マニアとしては堪らない物件と言えた。

津高さんは仲間が集まるのを待ち侘びて煙草を吹かす。

しかし、二十四時を過ぎても、一向に仲間は集まらない。

ラインで連絡を取るも、既読が付かない。

通話を試すが、一切の反応がなかった。

「ったくよぉー、これだから信用ならないんだよ」

既に探検モードに入っている津高さんに、後日という言葉はない。

たった一人で中に入ることにした。

玄関の引き戸は、外からつっかえ棒をしているだけなので簡単に開いた。

まずはここから中の様子を窺う。

土間が広く、左側が台所のようだった。

目の前は居間のようで、茶箪笥や卓袱台がそのまま残されている。

食器や新聞紙も卓袱台の上に放置されたままで、住人は本当に突然消えたように思われた。

こういう状態を荒らすのはマニアのポリシーに反する。

なるべくそのままにしておき、津高さんは廃墟の定番である仏壇を探し始めた。

居間から続く渡り廊下の一番奥が仏間であった。

中に入ると、他の部屋より強い黴臭さが鼻を衝く。

懐中電灯の明かりで浮かび上がる、時代を感じる遺影。

「少しだけお邪魔してますよ」

津高さんは遺影と仏壇に手を合わせる。

(ここも拙そうな感じはしないな……)

次は風呂場を探すか。と、仏間から出ようとしたそのとき──。

津高さんの後ろ髪が、グンと引っ張られた。

振り向くが当然誰もいない。

仏間から出ようとすると、今度は両肩を思いっきり引っ張られ、尻餅をつかされる羽目になった。

霊感など持ち合わせていない津高さんだが、空気が変わったのが分かる。

全方位から睨まれているような視線も感じ始めた。

(ヤバイか……。どうする?)

幾ら考えようとも、答えなど出ない。

結局、勢いよく突破するしかないという結論に落ち着く。

(三……二……一……)

駆け出した津高さんの足元に何かが絡む。

足元がその場に固定されたようになり、勢いよく前のめりに倒れ、顔面を強打する。

鼻が熱くて痛い。

鼻血も出ているのだろうが、そんなことに構っていられる状況ではない。

津高さんの足を押さえつけたのは、畳から生えた腕であった。

異常な光景ではあるのだが、恐怖などは感じない。

ここから無事に逃げ延びる為、と頭は冷静に冴えていく。

試しにと念仏を唱えてみた。

足を掴んでいる力が増し、すぐに効果がないことが分かった。

(物理的攻撃はどうだ?)

力任せに掴んでいる腕を殴ってみるが素通りし、自らの足を叩くだけであった。

(考えろ!考えろ!)

今まで津高さんはやったことはないが、遺影か仏壇にダメージを与えることができれば、この状況から解放されるのではないかと考えた。

しかし、荒らされていない仏間である。

手の届く範囲に投げられるようなものは何も落ちていない。

唯一持っているのは懐中電灯。

しかし、これを投げて何の効果もなければ完全に終わってしまう。

(詰んでるなぁ……)

必死に隠していたが、諦めの感情が出てきた。

これまでに数々のスポット巡りをしてきても、一度も心霊体験などしたことがない。

まさか最初の心霊体験で自分の人生が終わってしまうとは露程も思っていなかった。

(終わる……本当にそうか?)

自問自答を続けるうち、現状が最悪ではないことに気付いた。

確かに今も足は掴まれている。

しかし、それ以上のことは何も起きてはいない。

もしかしたら、我慢をしていればやり過ごせるんじゃないだろうか、という希望が出てきた。

すぐさま感情と意識を押し殺す。

静かな室内に同化するように、津高さんの心は穏やかになっていった。

足を掴まれている感覚も薄れていく。

(もう少しこのままで……)

ふとそんなことを思うと、室内が明るくなった。

窓から光が差し込み、日中であることが窺えた。

(あれ?気を失っていた?)

足を掴んでいた腕もなくなり、晴れやかな気持ちになる。

……帰ろう。

仏間の襖を開けると、真っ暗な世界が広がっている。

慌てて振り向くと、仏間の窓は光り輝いていた。

何故か仏間の襖を隔てて、昼と夜が存在していたのである。

(どうする?どっちが正解だ?)

津高さんの頭はパニックに陥る。

感覚的には仏間のほうが安全に思える。

ただ、逃げ出すなら今しかないようにも考えられた。

逡巡した津高さんは結論を出す。

懐中電灯を片手に渡り廊下を駆け出した。

居間を通り過ぎようとしたとき、突然全身が金縛りのように動かなくなった。

津高さんの真横から威圧するような気配を感じる。

無視する訳にはいかない。

いや、無視しては危険だと思える。

力を込めると少しだけ動いた首と眼球を動かし、その正体を掴もうとした。

──卓袱台に向かって座る老人がいた。

感情は窺えないが、穏やかな表情をしている。

甚兵衛に似た和装で、正座している。その佇まいのままぴくりとも動かない。

(やばい、やばい、やばい、やばい)

津高さんの本能がざわつく。

逃げなければ命が危ないと教えてくる。

老人は静かに津高さんのほうを見る。

目と目が合った瞬間、意識が飛びそうになった。

何とか堪えると、頭の中に老人の声が響き渡る。

『ゆ……るさん……ゆる……さん……許さん……』

身体は微塵も動かず、声を出すこともできない。

津高さんは心の中で謝罪を繰り返す。

すると一瞬だけ金縛りが緩んだ。

反射的に逃げ出すと、背後から強い力で押さえつけられた。

廊下に突っ伏した津高さんを押さえつけているのは老人ではない。

その姿は闇に包まれてよくは見えない。

必死にもがく津高さんの姿を見ていた老人が、スクッと立ち上がる。

静かに歩み寄ると、冷めた目で津高さんを見下ろした。

怒りを含んだ侮蔑の感情が津高さんに伝わる。

(ごめんなさい、ごめんなさい……)

祈りも虚しく、老人は右手人差し指を伸ばし、津高さんの額に触れた──。

──津高さんは車を走らせていた。

運転していることは分かるが、自分の意志はそこにはなかった。

どんどん加速し、ハンドルが揺れているのが分かる。

その勢いのまま電柱に衝突し、記憶が途絶えた。

内臓も損傷する大事故であった。

一時は心肺停止に陥っていたそうで、命を取り留めたのは奇跡だったようだ。

長い入院生活を終え、社会復帰するも、右足は多少不自由になった。

それから心霊スポット巡りは止めた。

ネットの交流も絶った。

現在は、日常の有り難みを痛感しているという。

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