石狩の家 無人のはずが(北海道石狩市) | コワイハナシ47

石狩の家 無人のはずが(北海道石狩市)

石狩市の某所に古びた住宅がある。

ここは現在も借主を求めている物件なので、詳細な場所は控えておく。

当時浜村さんは女子高生だった。

このI狩の家から百メートル程離れたところに住んでおり、通学ルートとしていつも通っていた。

昭和五十年代に建てられた家は古く、曇りガラスの引き戸の玄関に『貸し家』と手書きで書かれた紙が貼ってあるのを覚えていた。

ある日の朝、通学途中の彼女は曇りガラス越しに白い人影を見る。

(ああ、誰かが住むんだろうな)

早朝ではあるが、物件の内覧に来ているんだろうと思いながら通り過ぎた。

それから数日が経っても、貸し家の張り紙は剥がされない。

古いから決まらなかったんだろうと思うだけで、別段気にすることはなかった。

最初に人影を見てから三カ月程が過ぎた頃、通学途中にまた曇りガラスに白い影を見る。

今度は二人はいるように動いていた。

それでも特に気にすることもなく、高校へと向かった。

その翌日、また玄関に白い影を確認する。

直後、玄関がカラカラッと開かれた。

『すみません』

元気のない、か細い声が中から聞こえた。

思わず立ち止まる。

やけに暗く感じる玄関の中が見えるだけで、そこに人の姿はない。

呼び掛けは誰に対してだったのだろうか?

周囲を見渡しても、自分以外はいないようである。

「私ですか?」

返事をするが、何の返答もない。

ということは家の中にいる誰かに対しての声だったのだろう。

自意識過剰だったか、と恥ずかしくなり、急ぎ足でそこから離れた。

それから一カ月後。

また玄関に人影があった。

貸し家の張り紙はずっと貼られたままになっている。

白い人影が曇りガラスに近付くように大きくなり、玄関の引き戸が開いた。

『すみません』

また消え入りそうな声がする。

前回の反省から通り過ぎようとすると、再度『すみません』と呼び止められる。

やはり付近には自分以外の人はいない。

「あのー、私ですか?」

彼女が返事をすると、暗い玄関の中から左腕が伸び、おいでおいでと手招きしてくる。

何の疑いもなく玄関に近付くと、その腕はスッと中に引っ込んだ。

玄関の中に入ってみるが、誰もいない。

古い下駄箱の上には花瓶があり、枯れた一輪の花が差さっていた。

(えっ?誰か住んでいるの?)

そう思うと、玄関から伸びる廊下の左側にある部屋から、また腕が伸び手招きしてくる。

「あのー、何でしょうか?学校にも行かないといけないんで……」

見知らぬ他人の家に上がり込むのは、流石に気が引ける。

逡巡する彼女へ、また声が届けられた。

『すみません。困っているので、助けてほしいんです』

「いや、そうは言っても……。何が困っているんですか?」

声の主は困っているの一点張りで、要領が全く掴めない。

常識と親切心の間で葛藤があったが、彼女の生来の優しさが勝った。

「分かりました、じゃあ、ちょっとだけお邪魔しますね」

脱いだ靴を揃え、手招きされた部屋へ近付いていく。

伸びた腕はスッと引っ込んだ。

「あのー、何が……」

部屋を覗いた彼女の目に飛び込んだもの──。

二十代と思える女性の縊死体だった。

長く伸びた首と力の抜けた身体。

天井に伸びるロープまで確認した瞬間、彼女は飛び退いて腰を抜かした。

「あ……あ……あ」

あまりのことに悲鳴など出やしない。

崩れ落ちた場所からは、部屋の中は死角となり、あの縊死体は見えなかった。

見間違い、と思いたかったが、そんな光景を生まれて一度も見たことがない彼女が、そのような錯覚をするはずもなかった。

(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ)

心はそう叫び続けるが、身体が言うことを聞かない。

『助け……てくだ……さい』

部屋の中から聞こえる声に、彼女の中で何かのスイッチが入った。

そこからの記憶は断片的なものとなる。

……全力で走っていた。必死で家を目指していた。

気が付くと自分の部屋の中で布団に包まっていた。

部屋の入り口で心配そうに見守る母親がいた。

ただ、何を言われていたのかは、はっきりと覚えてはいない。

夜に帰宅した父親は、娘を落ち着かせて彼女との対話の場を設けた。

浜村さんは靴の片方だけを履いて帰宅していた。

当然、足の裏にも傷を負っていた。

娘の話す内容に衝撃を受ける両親であったが、その家に彼女の靴が置き去りになっている可能性もある。

靴を取りに戻ることで事件に巻き込まれるのを両親は危惧した。

そこで警察に通報する前に、一度現地に行ってみようということになった。

しかし、娘はまだ落ち着きを取り戻せてはいない。

父親が一人で件の家の確認に向かった。

暫くして父親が帰ってきた。

石狩の家は何処も施錠されていたと報告される。

空き家である為、覗ける窓などから様子を窺っても、人の気配はなかった。

恐らくここだろうという部屋も窓から覗いたが、何もない空間が広がっていたという。

(何もなかった……?)

いや、浜村さんはあのときに女性の縊死体以外に室内の光景も見ていた。

部屋には生活感があり、よくは分からないが死後の日数もそれほど経っていないように思えた。

(それなのに……?)

両親は「娘は錯覚でも見たのだろう」という結論で落ち着いたようである。

それからの彼女は、通学の際には石狩の家を完全に視界から外して歩くようになった。

反対側の道路の端を歩き、横を通り過ぎるときは下か右横を見ながら歩く。

そうして半年程が過ぎた。

季節は冬になり、道路は真っ白く染まっている。

いつものようにI狩の家の横を過ぎるときに例の声が聞こえた。

『すみません……』

忘れようとしていたが、身体がビクンと反応する。

(見ないように見ないように)

緊張していた身体は足元を滑らせた。

転んだ彼女の視界の先──。

そこには手招きする伸びた腕があった。

「いやぁああああ!!」

絶叫し、彼女は大声で泣いてしまった。

偶々、通り掛かった人に声を掛けられるまで、我を忘れて号泣していたという。

「本当に卒業までの数カ月は苦痛でしたよ」

その後も呼び止められたことは何度もある。

意図せずとも、伸びた腕が視界に入ってしまったことがある。

それでも何とかやり過ごした。

卒業した彼女は、都市部に就職した。

今のところ、実家に帰るのは避けているそうだ。

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