旭川で有名な神居古潭(カムイコタン)の近くに、このトンネルは存在する。
事故が多発することから注意書きの看板も数多く見られるが、依然として事故の件数は減らない。
また、奇妙な目撃情報も数多く存在する。
川口さんは仕事でこのトンネルをよく通っていた。
当然、事故が起きやすいことも知っている為、走行時は十分に注意している。
ある冬の日のこと。その日は朝から酷く冷え込んでいた。
トンネル内はブラックアイスバーンになっていることを想定して、スピードは十分に抑えていた。
トンネルに入ると間もなく、事故現場に遭遇する。
双方の車から人が降りて話し合っているようなので、大したことはないらしい。
事故車両を躱し、仕事先へと進んだ。
あともう少しでトンネルを抜けそうなところまで来たとき、急に人影が横切った。
慌ててブレーキを踏むと車はスピンし、対向車線側で漸く停まった。
ふう、と大きく息を吐いた。危うくはあったが、辛うじて事なきを得た。
このとき、先程の人影のことを思い出した。
衝撃がなかったことから、轢いてはいない。
……いや、急に人影が現れ、目の前を横断したのだ。
予め人がいたのであれば、事前に気付いていたはずだ。
記憶を辿るうち、先程まで人影だとばかり思っていた存在が、鮮明な映像で呼び起こされる。
アイヌ衣装を纏い、太めの鉢巻のような物をしていた。
紺色の衣服や鉢巻に、白い線上の文様までがはっきりと見て取れた。
ここをそんな格好で横断する者などいるはずがない。
そう思った瞬間、激しい衝撃とともに、身体はハンドルに叩きつけられた。
朦朧もうろうとする意識の中、必死の力で身体を起こすと視界に異様な光景が飛び込む。
窓越しに複数人のアイヌ人がこちらを覗き込んでいる。
『……グォ……カゥ……ワナ……』
低い声であるが、窓越しとは思えない声量で何かを話している。
四方から聞こえるので、車を取り囲まれているのかもしれない──と思った瞬間、意識は途絶えた。
気が付いたときには病院にいた。
車は大破していたが、頸椎腰椎捻挫と肋骨二本の骨折だけで済んだ。
川口さんは退院した後も、このトンネルを通ることが多々ある。
時々、人影を見ることはあるが、反応しないようにしてやり過ごしているという。