呪い面(千葉県) | コワイハナシ47

呪い面(千葉県)

今から数年前、持ち主に不運を与えるといういわくつきのお面が、私のもとへとやってきた。

私は怪奇コレクションと称して、妖怪民芸品や幽霊画、妖怪の浮世絵、江戸期の怪談本、妖怪のミイラ、UMAの標本などを収集している。

そのため、各地の骨董商や古道具屋から、不可解な品物の情報が集まってくる。

この呪い面は、西日本の某所にある骨董商から購入した。

──しかも、恐ろしく安かった。

このお面を手に入れたときは、少し不気味には思ったものの、さほど怖いとは思わなかった。(のちにフジテレビの人気番組「奇跡体験! アンビリーバボー」の再現VTRでは、旅先で手に入れたとも、お面が届いたときにかみさんが家に入れないでって絶叫したともされているが、その部分は再現VTR特有の演出である)

由来はわからない。私は大正から昭和初期ぐらいのものではないかと推測しているのだが、友人でタレントの島田秀平君はアフリカか、何処か海外のモノではないかと推測していた。

この手のグッズの購入は、私の代行として社員がやることも多く、大概は弟やかみさんが相手先と荷物の送付や料金の精算を行っている。

この面が届いたのは、弊社の総務部と経理部を統轄している弟が受け取っている。あの銀色の巨人を子供の頃に目撃したあの弟である。

その後、霊感の強い某氏から「あのお面は3人ぐらい不幸にしているから、(表に)出さない方がよいよ」と言われた。この不幸の度合いが気になるが、1人目は病気、2人目は事故に遭遇。3人目はビジネスが傾いてしまったとその人物は霊視した。

だが、「まぁ、それは偶然の一致ではないのか」と、あまり気にしていなかった。

最初の犠牲者が出たのは2007年3月頃であった。面のうわさを聞いた雑誌「BX」の編集者で私の友人のMさんが、誌面に出そうと提案してきたのだ。

「呪いのある面? いいですねえ、誌面に出しましょう」

「ええ、出すんですか」

「そういう、パンチの効いた企画、グッドですよ」

Mさんはノリノリであった。

結局、山口敏太郎事務所の営業部で撮影をすることになった。撮影に立ち会ったのは私とMさん、そして管理営業部の責任者である私の実弟。

「気味悪いなぁ 悪魔みたいな表情してるな」

日頃まったくこの手の話を信じない実弟が、妙に怯えていたのを記憶している。この弟の発言により、しばらくはこのお面を「悪魔面」と呼んでいた。

その夜のことである。実弟の仕事仲間が急死した。年齢が50代であったゆえ、急死してもおかしくはないのだが、このタイミングでの死去には疑問を持たざるを得ない。

「兄貴、あの面やばくないか?」

「うむ、単なる偶然ではないのか?」

それから数日後、Mさんが新宿のゴールデン街で酔っ払ってしまい階段から落下、アバラ骨や前歯を骨折してしまったのだ。

「いやぁ、不覚でしたよ。お酒飲んでましたから」

「すいませんね。あの面のせいでしょうかね?」

「いやいや偶然でしょう。自分の不注意ですよ」

Mさんが苦笑いしたことを覚えている。

このMさん、今でも山口敏太郎とのコンビは健在であり、いまは「世界の地獄図鑑」を作り上げている。

さらに、雑誌「BX」の版元バウハウスが、メディアクライスに買収されるという事態も起こった。勿論、買収の話自体は、それ以前から進行していたので呪いとは関係ないかもしれないが、かなり不気味である。

その後、お面は青梅の妖怪倉庫(土産物屋だった妖怪本舗も兼ねる)に保管された。

次の犠牲者が出たのは2008年4月末のことである。

山口敏太郎事務所・漫画工房を立ち上げるにあたり、余っている電灯を妖怪倉庫から管理営業部へ持ってくるようバイトのMさんに指示をした。

このバイトのMさんは、かつてゴム人間の写真の撮影に成功しており、それを私が評価し弊社でバイトすることになったのである。

彼女が最寄駅の下総中山駅に着いた時、電話がきた。

「今、駅に着きました。持っていきますね」

駅から管理営業部までは5分ほどの距離である。

「あぁ、頼むね」

私と弟は待った。だが、ここでまた不思議なことが起こったのである。30分以上経っても彼女は一向に姿を現さないのだ。

「何が起こってるんだ」

結局、彼女は自力で営業部までたどり着けず、偶然管理営業部の人間が外に出た際にあたりをグルグルさまよっていた彼女を見つけたのだ。

因みに、彼女は何度も営業部を訪れており、道もしっかりと把握していたはずである。

「Mちゃん、しっかりしてくれよ」

ようやく到着した彼女が持ってきた箱を開封すると一同唖然。箱の中に入っていたのは電灯ではなく、倉庫に封印したはずの悪魔面であった。

「うわっ、悪魔の面だぁ」

弟がまた絶叫した。

「今更持ち帰るわけにいかないな」

面はそのまま管理営業部に置いて私は帰宅した。

その夜、再び実弟の仕事仲間が急死した。

今度は40代半ばの働き盛りの人物が病死したのだ。

「これでも兄貴は偶然と言うのかよ」

「偶然以外のなにものでもないだろう」

私が困惑していると、弟がさらに猛抗議してきた。

「兎に角、この悪魔のような面は、俺は嫌いなんだよ! 兄貴持って帰ってくれよ!」

そう言われて私は渋々車に載せて、漫画工房に向かった。数時間の滞在の後、最終的に車は駐車場に到着した。

だが、またしても不幸が起きてしまう。

その夜、漫画工房の斜め向かいに住む老婆が原因不明の変死を遂げたのだ。

──3人目の死者である。

「妙な死に方なんでね、お向かいが何か不審人物でも見たのかと思いましてね」

後日、弊社漫画工房の人間が警察に聞き込みを受けている。

「はぁ、特に目撃はしていないですね」

まさか、悪魔のような面を乗せた車のトランクがその老婆の家に向いてましたとも証言できず、聞き取り調査には情報を提供できなかったという。

呪いの連鎖は、2008年7月2日に阿佐ヶ谷ロフトで行われた、内外タイムス主催の「ナイガイミステリーサミット2008」へと続く。

悪魔面は、2度目の御開帳の後、青梅の倉庫に封印されるはずであった。しかし、彼は再び日の目をみることとなる。

阿佐ヶ谷ロフトにて行われた、内外タイムス主催の「ナイガイミステリーミステリーサミット2008」。そのメインとして、悪魔面が登場することになったのだ。

「先輩、あの面、出してくださいよ」

「いやぁ、あの面、よくないぞ。まじだからな」

「そこをなんとか、一生のお願いです」

「君が仕切るイベントだから、そこまで言うなら出すけど、何か起きても知らんぞ」

このイベントの企画立案者I君は、私の大学の後輩であり、懇願され渋々承諾したものであった。

その日も悪魔面は、事務員Mちゃんが青梅より運んでくることになっていた。彼女は霊感が強いのであるが、なぜか悪魔面の呪いを受けない。

故に、運搬係として選ばれたのだ。だが、ライブの日、Mちゃんは待てど暮らせどライブ会場に現れない、連絡も取れない。

「おいおい、とっくに開場しちゃったけど大丈夫か?」

どうしたものかと焦っていたところ、開始直前にMちゃんは到着した。理由を問い詰めたところ、

「私の乗っていた電車が、人身事故のために止まってしまったんです」

しかも、遺体を乗り越えるときに「ガッタン」と車体が上下に揺れるのだが、悪魔の面の箱を抱えていたMちゃんの席が「ガッタン」と遺体を乗り越えた途端に車両が止まったのだ。

「ちょうど、悪魔の面を抱えていた席の真下に遺体があったんです」

この人身事故は勿論、100%悪魔面の呪いとは限らないが、それがただの人身事故ではなかったのではないかと思わせるような怪異が、次々と発生する。

このライブには、山口敏太郎がコメンテイターとして参加し、ゲストとして島田秀平くん、疋田紗也ちゃん、巨椋修さんらが呼ばれていた。まず、霊感の強い疋田紗也ちゃんが奇怪なものを見てしまった。

「あっ、あれ何っ?」

悪魔面の箱を抱えて会場に入ってきたMちゃんの背後に、黒い男が立っているのが見えたというのだ。また、私も同じような男を見ている。ライブ中、客席に大柄な男が立っていたのが見えた。

(後方の席の人に迷惑じゃないか)

私が不審に思っているとその男の姿が消えた。なんと男が消えたところには、悪魔面の箱を抱えたMちゃんがいたのだ。

それに加えて楽屋でも怪異が起きている。悪魔面の入った箱を楽屋に置いていると出演者の気分が悪くなり、なくなると気分がよくなるという奇妙な現象が起こった。

そのため悪魔面の入った箱は、楽屋ではなく客席の横に設置された関係者席へと置かれた。

このライブに参加した 漫画家のKさんは帰宅後、常に悪魔面の気配を廻りに感じたり、寝ていると添い寝する悪魔面の気配があったのだという。

他にもライブ終了後、悪魔面を被って踊った知人のカメラマンは、数日後義父が倒れている。だが、一緒に被って踊ったはずの巨お椋ぐら修おさむには何も起きていないことも事実である。

そんなこんなでこのライブは終了したが、数日後、立案者のI君から電話があった。

「先輩、どうもありがとうございました。御蔭様でライブは大成功でした」

「それは良かったね」

「あと報告があります。入院中のうちの父が死にました」

「なんだって、またあのお面のジンクスが当たったのかね」

「いや、偶然だと思います。呪いなんてこの世には存在しないはずですから」

もはや、このお面は表に出す存在ではない。偶然の一致ではない。これは悪魔面ではなく「呪い面」だ。

そう思った筆者は封印を誓ったのである。

その後、この悪魔の面騒動を報道したり、記事にした媒体そのものにも呪いが押し寄せる。

2009年3月、雑誌「BX」に私が書いていたオカルト原稿をまとめて単行本として発売したメディアクライスが倒産した。

この時の本は、『山口敏太郎のミステリーBOX』というタイトルであり、表紙には「呪い面」を使用している。

2009年11月、この騒動を2008年8月にweb記事にした内外タイムズが倒産している。

(その後、Web版のみ、別会社のフェイツに移管され、リアルライブのミステリー記事のバックナンバーという形でこの記事は生き残っている。内外タイムズ=リアルライブとしたり顔で言う人物がいるが間違いである)

この「呪い面」伝説はこれで終わるはずであった。

2010年3月、テレビ大阪の「四次元クラブ」という番組から、私にオファーが来た。どうしても「呪い面」を出して欲しいというのだ。

「いや、まじで何か起こりますよ」

「だからこそ、いいんですよ。起こって欲しいのです。山口さんの担当は心霊ですからね」

「何があっても知りませんよ」

この番組は、有吉弘行さん、バカリズムさん、小森純さんがMCであり、心霊企画の回に私と、既知の竹内義和さん、その後友人となる有村昆ちゃんが参加していた。

当日、収録スタジオにお面を持っていくことになっていたが、朝スタッフから突如電話連絡が入った。

「山口さん、頼みます。あのお面、絶対に持ってこないでください」

「なんですか、今度は」

「……あのプロデューサーの奥さんが今朝……」

「今朝……、何かあったんですか」

「具合が悪くなり病院に運ばれ、緊急手術中なんです」

またしても不吉なことが発生したのだ。

もはや、この面は出すべきではないと思ったのだが、2011年にも不可解な出来事が起こる。

2011年3月に発生した東日本大震災により、青梅の妖怪倉庫こと妖怪本舗を休止することとなり、中にあった品物は徳島の倉庫に運ばれた。同時に、一部の衣装のみが岐阜の東海支店に運ばれた。

──その衣装の中に「呪い面」が混れ込んでいたのだ。

その年の5月、弊社東海支店ではスタッフが泊まり込みで「口裂け女 VS Xマン」という地元とタイアップした自主映画を撮影中であった。

そのうち社員U君が「呪い面」を見つけてしまった。

「山口先生、こんな面、置いてるとやばいですよ」

「どっかに送った方がいいかね」

「お願いします」

U君の進言を受けて、かみさんがコンビニから宅配便で巨椋修宅に送った。誰も預かり希望者がおらず、唯一被っても呪われなかった巨椋修宅が選ばれたのだ。

「僕は呪いなど信じません。だから預かってもいいよ」

と巨椋さんも豪語していたため、すんなり預かってもらうことに決定した。

だが、まさにコンビニに宅配便を預けた、その時刻に撮影クルーに異変が起きていた。

──カメラが謎の故障を起こしたのだ。

宅配便で送った後は特に異常はなかったのだが、巨椋さんが預かっていた期間の一年間で彼は長年続いた漫画連載が打ち切られている。

「あれは呪いではない、絶対に呪いではないよ」

と本人は笑うが本当に偶然であったのだろうか。

一年後、巨椋氏の身を案じた私の提案で、京都蓮久寺の三木大雲住職に預かってもらうことになったのだ。

そして、2012年初夏、「奇跡体験! アンビリーバボー」が取材を申し込んできた。

様々な撮影が行われ、番組放送に繋がったのだが、「見ただけで死ぬ」という部分はテレビ演出によって盛られた部分である。これにより多くの子供たちがパニックになったのだが、あくまで障りが起きているのは、メディア関係者の周辺ばかりであることを言明しておこう。

この取材時にも不気味な死の連鎖が起きている。

──社員のH君のおじさんが亡くなったのだ。

私のwebラジオ「山口敏太郎の日本大好き」のディレクターをやってくれているH君は番組にも度々出てくるので読者の方の中には知っている人も多いだろう。

彼が「呪い面」に関してテレビスタッフからインタビューを受けていた時、ちょうどその時間、彼のおじさんが亡くなっているのだ。

さらに、スタッフの中には具合が悪くなる者も出たらしく、テレビ番組の放映はもの凄いパワーで情報を拡散していった。

放送日の翌日、番組内で「呪い面」の鑑定を行った霊能者(坊さんもどき?)が逮捕された。女性の相談者の胸を触った容疑だという。この霊能者は、三木住職とは別人であり、私の友人でもない。

「この霊能者が逮捕されたのも、呪いでしょうか」

と聞いてくる人がいるが、これに対しては私は明確に否定している。

「事件そのものは、面を鑑定する半年以上前の話ですし、あれは呪いではなく〝性癖〟でしょう」

この放送後、「呪い面」は再び三木住職のお寺に預けられ、毎朝お経を聞いて仏弟子として修行を行なっている。

「呪い面がいつか祝い面に変わると良いですね」

そう言いながら、今も面はお寺に封印されているのだ。

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