昭和50年代初頭 赤い服の女(徳島市八万町) | コワイハナシ47

昭和50年代初頭 赤い服の女(徳島市八万町)

まだ、日本が高度経済成長期の余韻を残していた頃。地方都市にもそれなりの活気と勢いがあった。

私が小学生だった頃の徳島市は、山や川といった自然に恵まれ、空気や水も美味しく、毎日学校の帰りは泥んこになって遊んだものであった。しかしその後、山が崩され、池が埋められ、徳島市のあちこちで住宅が建築されていた。

徳島市八万町にある八万小学校の終業のチャイムが鳴った。掃除係になっていない級友たちが、バタバタと帰り支度に入る。

(そうだ!! 今日は大好きな特撮番組の再放送があるから、寄り道しないで帰ろう)

そう思いながら、私がランドセルに教科書を詰め込んでいると、同級生の佐川が声をかけてきた。

「おう、寛平!! 今から空き家の探検にいくぞ」

「はぁ、空き家か」

私が面食らっていると、小柄で浅黒く日焼けした佐川が、にやにやと笑いながら近づいてきた。当時、吉本新喜劇で人気絶頂だったのが、若かりし頃の間はざま寛平であった。私の本名が、間だったからか、佐川はいつも私のことを「寛平」と呼んだ。

「寛平!! おまえ、うちのクラスの妖怪博士ちゃうんか」

「まぁ、そうやけど、あの空き家は妖怪とは違うし……」

「妖怪対策でおまえを連れていくんじゃ。ははぁぁん、怖いんやな、わかった、寛平、おまえは臆病もんやな」

「ちゃうちゃう、ちゃうわ、そんなんちゃう」

「じゃあ、行くやろ、決まりやな」

いつも不真面目で人を馬鹿にしたところのある佐川とは、妙にうまがあった。正直、佐川の家は経済的に貧しい人が住むエリアにあり、祖母などは、

「あの地域の子供たちと遊んではいけない」

と強く言っていたのだが、私は佐川の、貧乏など気にしない明るさが好きだったし、差別心のない私の気持ちを、彼も認めていたからだろうか、時々、一緒に遊ぶことがあった。しかし、彼と遊ぶときはいつも、最後には私が酷い目にあったり、騒動に巻き込まれてしまうことが多かったのだが……。

その日、佐川が案内した場所は、連棟式住宅の一番端の家であった。噂では風呂場で自殺を図った女が、手首を切った後、死にきれずに放火したと言われる、近所でも評判の〝事故物件〟であった。

「おい、こーくん(佐川くんのあだ名)、これって自殺があった家やろ?」

「そうや、だから入るんや、自殺現場とか放火現場って一回見てみたいやんか」

「そっ、そうかな」

佐川はにやにや笑いながら、空き家の窓を開け、自分のランドセルを家の中に放り込んだ。

「ここが開いてること、知ってたんや。寛平、後に続け」

「捕まったら、やばい気がするんやけど」

私も、佐川の後に渋々続いた。今でも記憶にあるのだが、部屋は1つしかなく、その他は台所と風呂場があるだけの小さな家であった。家の横の窓から侵入し、床に着地すると、右奥に台所と風呂場が並んで見えた。自分たち以外の小学生も侵入しているのだろうか。妙に埃っぽく、足跡なども沢山あった。

「おおおっ! あれが自殺現場やな」

佐川は興奮しながら風呂場に入っていった。私もそのあとに続いたのだが、黒く変色した血が壁から床に向かって一直線についていた。壁面と天井は、放火の痕だろうか、黒く焼け焦げていた。

「おおっ、これ血の痕やな、手首切ったあとやな、火が燃えた痕もあるわ」

佐川はテンションがマックスだったが、得体の知れない匂いと異様な空気に私は吐き気を覚えた。

「ここで失恋した女性が死んだって話やけど……」

「そうや、寛平!! 女が手首、切った場所はここやなぁ! ごっついわ」

いつものことながら友人・佐川の不謹慎ぶりに眉をひそめていると、奇妙なことが起こった。急に体にのしかかる空気の重量が重くなったのだ。まるで相撲取りに、両肩を上から押されているかのようだった。

(……んっ、なんだ)

空気の重さだけではない。明らかに体感温度も下がった。

(……あっ、あかん、何かがおる)

風呂場の壁面を見ていた私と佐川は、一様に黙り込んでしまった。異様なムードと誰かからの敵意を感じた。もの凄い憎悪の念が背中にまとわりついてくる。

──やはり、背後に誰かいるのだ。

目を大きく剥いた佐川がごくりと生唾を飲んだ。不謹慎な彼もさすがにこの異様な空気に抗えないようだ。黙ったまま、私と佐川は目を合わせた。

「……ん」

「……あっ」

それが合図だった。同時に振り返る2人。風呂場と部屋の仕切りのあたりに女が立っていた。しかも、全身が赤い。 赤いシャツに、赤いスカート。目玉も充血しており、ぎらぎらと赤い。──陽炎かげろうのようにゆらゆらとゆれる女。女は何処か遠くを見るような目をしながら、悠然と立っている。顔はまったくの〝無表情〟である。なぜか、質感はなく、コマ送りの古い映画を見ているようにも感じた。

(この女は誰だ!? 管理人か、それとも自殺した女の遺族か、憎悪の念の主はこいつなのか?)

困惑した私と佐川は、意を決して女に向かって突撃した。いつものことなのだ。悪戯などが発覚すると大人相手に逃げてはいけない。逆に思い切り向かっていくと大人が驚いてしまい、退路が開けることが多かった。

「うわわわぁぁぁぁ」

声をあげて女に体当たりした佐川と私。だが、妙な具合だった。女の体に当たったと思われた瞬間、我々2人は通り抜けてしまったのだ。

(おかしい、なんでやろ)

不思議に思った瞬間、私の鼻腔を大人の女性の香水が刺激した。さっきの赤い服の女が使っていた香水だろうか。そう思いながらも、佐川と私は転がるように窓から這い出ると、そそくさと逃げ出した。

これが私、山口敏太郎と赤い服の女との出会いであり、何十年に及ぶ、永い永い怪異の始まりだったのだ。

翌日から佐川に異変が起きた。明るかった佐川が暗く塞ぎこむようになり、私とも遊ばなくなったのだ。

(あいつ、どないしたんやろ、あの赤い服の女にとりつかれたんやろか?)

私の心配を余所に、佐川の奇行はエスカレートしていく。我々八万小学校の生徒がよく行っていた、駄菓子屋の店の前に設置されていたガチャポンの機械を強奪。中身をすべて抜き去り、空になった機械で駄菓子屋の窓ガラスを打ち破り、店の中へ放り込んでしまった。

また私の目の前で、佐川は放火に及んだりもした。

「へへへっ」

半笑いの佐川は、八万小学校の隣にあり、私と佐川が卒園した八万幼稚園にあった雑巾干しに放火したのだ。

「こーくん! 何しとるんじゃ!?」

「はははっ、寛平、見てみい、燃えとるぞ」

幸い一緒にいた同級生たちが、幼稚園にいた保母さんに通報。火はからくも消しとめられ、佐川は私の目の前で保母さんに連行されていった。

「うぎゃぁぁ! うぎゃぁぁ! 赤い服の女が火をつけろって言うんやー」

足をジタバタさせながら、引きずられて行く佐川を見送りながら、私はなんともいえない気分になった。

(こーくん、あかんで、俺らはとんでもない場所に踏み込んでしまったんかもしれんぞ……)

佐川が精神に異常を来たしはじめたのはこの頃であった。──そしてその怪異は、私にも迫りつつあった。

小学校から徒歩10分の位置にある私の家は当時、子供部屋と母屋が離れていた。離れているといっても廊下でつながっているから、寂しいことはなく、私と上の弟(現・山口敏太郎事務所の経理)は離れで暮らし、両親と当時2歳だった下の弟は母屋で暮らしていた。

ある晩のこと、離れの二段ベッドで私と上の弟は寝ていた。

(なんかいな、この暑さは)

私が二段ベッドの下で目を覚ますと、周りは火の海だった。もの凄い勢いで火が走っていき、壁を伝って天井まで火が回り、天井近くに貼っていた巨人軍の柳田選手と堀内投手のポスターを焼きつくした。

「あかん、間に合わん」

ベッドから飛び起き、二段ベッドの上で寝ている弟を起こし、母屋の両親のもとに走らねばならない。

そう思った瞬間、目が覚めた。

(どういうことやろ?)

部屋は普段のとおりであった。ただし、巨人軍の柳田選手と堀内投手のポスターは机の上にあった。そういえば、先週剥がしたのだ。あのポスターが貼られたまんまであったということは、やはり夢であったのだ。

(明日も学校やのに……)

ぶつくさ言いながら私は再びベッドに横たわった。だが、その後も何日かおきに、何度も火事の夢を見てしまい、必ず巨人軍の柳田選手と堀内投手のポスターが焦げるシーンを見てしまうのだった。

しばらく経ったある日、私は母に祖母の店まで使いを頼まれた。当時、祖母は家の近くの眉山の麓で花屋を営んでおり、週末になると上の弟と交代で泊まりにいっていた。祖母思いだから通っていたのではなく、狙いは祖母がくれるこづかいであった。その日は、泊まりではなく、使いであったので、自転車で10分ほど走り、祖母の店に行った。

「ばあちゃん、来たでぇ」

そう言いながら、花屋に入ったところ、中から出て来た女とすれ違った。

──赤い服を着ている。

(なんや、あの女)

祖母の花屋は寺町にあったため、仏花が多く、決してかわいい花屋ではなかった。むしろ、陰気なムードのする花屋であり、赤い服を着た若い女性の客が来るなどありえない。

「ばあちゃん、今のお客さん、何こうたん?」

「ええっ? お客さんなんか来てないで」

そう言った祖母の怪訝そうな顔を、今でも覚えている。

それから数週間後、祖母の花屋がもらい火で焼けてしまった。

「としゆき、ばあちゃんの花屋な……、焼けてもうたで……」

電話を切った後、そう私に話しかけた母の動揺は異常であった。幸い祖母の命に別状はなく、もらい火で焼けた部分は店のバックヤードにあたる部分であり、商売もすぐに再開できた。

(あの女や、間違いないわ、こーくんの次はうちのばあちゃんか……)

──赤い服の女は確実に、私への包囲網を狭めてきていた。

祖母の花屋が火事に遭ってから数ヶ月が過ぎ、私が5年生になった秋のことだった。当時の教室はたてつけが悪く外気が入り込んで、秋口になるとかなり冷え込んだ。その日も寒かったのだが、教室のストーブには灯油が入っていなかった。

「灯油がないけん、ストーブがつけれん」

教室では女子たちが、そう言いながら騒いでいた。私はストーブの横に座っていたのだが、灯油を入れるような面倒なことには関わりたくなかった。

「俺が入れたろかぁ、俺ストーブに灯油入れるの得意やねん」

大阪から転校してきて数ヶ月の川島が言い出した。彼なりに教室の仲間に溶け込もうとしていたのかもしれない。10分ほどで灯油のタンクを抱えて戻ってきた川島は、灯油をストーブに注ぎ込んだ。

「うわぁ、川島くん、凄い」

女子たちから賞讃の声があがった。

「ほな、つけるで」

川島がストーブをつけようとした瞬間、担任の坂山先生が入ってきた。

「なんやろ、この匂い? どないした、川島」

「先生、僕、灯油入れることできるんやで、ほら、つけるで」

その瞬間、坂山先生が物凄い勢いで川島に飛びつき、スイッチを捻ろうとする川島をタックルで跳ね飛ばした。川島はもんどり打って床に転がった。

「何するんや!! 俺、灯油入れただけやんけ!!」

川島が涙で絶叫した。

「アホか!! おまえが入れたんは、灯油ではのうでガソリンや! 点火したら、教室にいる全生徒が火達磨や!」

坂山先生の言葉に教室が騒然となった。川島が入れたのはガソリンであった。もし坂山先生が入ってくるのが1秒でも遅れたら、タックルで川島をふっ飛ばさなかったら、──私は確実に焼死していた。

その後、川島の母親が中心となり、なぜか坂山先生は暴力教師として糾弾されてしまうのだが、先生は悪くなかった。今、考えても冷や汗ものであり、私は坂山先生の機転により命を救われたのだ。──赤い服の女は、どうしても私を殺したいのだ。

そして、さらに1年半が過ぎた頃。赤い服の女は、とうとう私の実家に手を出してきた。

中学1年になっていた私は、離れで勉強をしていた。スポーツ好きだった上の弟は勉強もせず、母屋で下の弟とテレビを見ていた。歴史と国語が好きだった私は、試験勉強のため、かなり集中し暗記作業に入っていた。その時、化学薬品のような匂いが鼻腔を刺激した。明らかに何かが焦げている匂いだ。

「……んっ、何か臭いなぁ」

これはおかしいと思った私は、母屋の両親に異臭を訴えた。

「風呂場の方で、何かが燃えてるよ!」

「まっ、まさか!?」

両親が風呂場に飛び込んだ。私も後に続いたのだが、あの瞬間の映像は今でも脳裏に鮮明に焼きついている。父親が風呂の蓋をとった瞬間、まるで蛇のような炎が立ち上り、さささっと壁と天井に炎が走った。

「お母さん、水や水!!」

父と母はホースを使って台所から水を引き放水したが、まったく火は消えない。そのとき父はこう言った。

「あかん、逃げよう!」

父の判断は正解であった。瞬く間に火は回り、たくさんの思い出があった母屋は風呂場の周辺が焼けてしまった。ボンボンと音を立てて燃える我が家。呆然とする母や弟たち。当時、家の建て替え計画があったため、父は消防署からずいぶん疑われたと後に苦笑していたが、目の前で実家が燃えていくのを見るのは辛かった。夜にもかかわらず、うちの家の周りには数百人の野次馬が集まっていた。

「なんや、こいつら、他人の不幸をなんやと思ってるんや」

いつの間に、何処からやってきたのか。不思議に思うくらい、気がついたら群衆が我々一家を取り囲んでいたのだ。

──その中に赤い服の女がいた。

「おい、待てよ!」

既に中学生となり、体格も良くなっていた私は女を追いかけたが、押し寄せる群衆に飲まれてしまい見失ってしまった。

「あかん……何処にいったんやろか」

私が、女のいた場所に到着すると、覚えのある匂いがした。

「……んっ、この匂いは」

あの廃墟で嗅いだ香水の匂いだった。その瞬間、私はすべてを理解した。他人が悲しんで命を絶った現場に土足で入り込み、悪ふざけした佐川と自分。私はなんてひどいことをしたんだろうか。今、自分の家が焼けている中で、周りを取り囲んで見物している野次馬たちは、あの時の佐川と私ではないか。

他人の不幸を笑うこの野次馬どもが憎いと、自分が思ったように、赤い服の女は私を憎いと思ったのではないか。

他人の悲しみや苦しみを笑ってはならない。13歳の私はその時、そんなふうに思った。

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