おっぱしょ石(徳島市二軒屋町) | コワイハナシ47

おっぱしょ石(徳島市二軒屋町)

私が妖怪を初めて見たのは、徳島市二軒屋町のはずれにある「おっぱしょ石」であった。これは花屋の祖母宅から、叔母の家まで行く途中にあった奇石であった。山沿いに古い墓石が林立する中に、「おっぱしょ石」が聳え立っていた。この石には不気味な伝説が残されている。毎夜毎夜、

「おっぱしょ〜(標準語では、おんぶして下さい)おっぱしょ〜」

と泣く不思議な石であり、哀れに思った通行人が背中を出しておんぶしてやると、ナニモノかがおぶさってくる。そして、──突如、重くなる。

ある日、おんぶしようとしていた相撲とりが、重くなるやいなや、

「おのれ、妖怪め」

とばかりに石を地面に叩きつけた。

「パリリィーン」

おっぱしょ石は、まっ二つに割れてしまい、以来泣かなくなったという。まさに妖怪石であり、私の子供心をくすぐる存在であったが、祖母の証言では〝単なる狸の悪戯いたずらだ〟と地元では言われていたという。

(単なる狸の悪戯って、どういうこと? 狸が人を化かすことを前提で言うてるし)

妖怪に興味を抱いていた私は、祖母の使いで叔母の家に行く度に、この石を観察した。

この石には数々の思い出がある。小学校の4年生か、5年生の頃だったと思うのだが、落雷が発生し、真っ二つに割れてしまったのだ。割れた上半分は、しばらく横倒しで放置され、私はたいそう不気味な思いをした。

「伝説のまんま、まっ二つに割れてるわ」

あの不気味さは半端ではなかった。通る度に戦慄が走った。その後、その石は無事コンクリートのようなものでつながれた。

以前、水木しげる氏のサイン会が、徳島市内のデパートであり、私も駆けつけサインをもらった(もちろん、この時もらったサインは今もとってあり、山口敏太郎事務所の玄関に飾られている)。

その時、サイン会の前後に「おっぱしょ石」を見に来たと、祖母宅周辺の人が騒いでいたことを記憶している。

「水木しげる先生がおっぱしょ石を見に来たらしいで」

「ほんまかいな、おっぱしょ石も出世したもんや」

何が出世だがわからないが、その後、「おっぱしょ石」は水木しげる氏の妖怪図鑑に度々掲載されている。

また、現在「おっぱしょ石」にある説明看板は、私の小学生時代に設置された。設置作業をしていた時、市からやってきた職員に対し、

「これが、伝説のおっぱしょ石やで」

と案内したのは、父の従兄弟の奥さんであった。祖母から見れば甥っ子の嫁である。

「誰だ、おっぱしょ石に案内したんは」

その祖母の問いかけに、親戚のおばさんが答えた。

「うちが教えたんやで」

「なんで教えたんじゃ、ほんまのおっぱしょ石が別にあるのに」

私の横で祖母が確かにそう言って、親戚のおばさんへ怒っていたのを記憶している。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

おばさんはしきりに謝った。だが何故、祖母はそんなに怒ったのか、理解ができなかった。しかし、気になることがないわけではなかった。「おっぱしょ石」は妖怪石なのに、何故か表面に──南無妙法蓮華経と書かれてあるのだ。

妖怪石なのにお経、この疑問は長年私の胸裏にあり、違和感を生み出していた。いや、そもそも、落雷で割れる前は、石には割れた跡はまったくなかった。伝説では侍や力士によって割られているはずである。それなのにこの「南無妙法蓮華経」と刻まれた石には割れた跡がなかったのだ。この「南無妙法蓮華経」と刻まれた石は、おっぱしょ石の怪異が終わった跡地に設けられた供養石であり、そもそも怪異そのものは違う石で起きていたのではないのか? そう考えた。

「ほんものが別にあるとしたら、どれや?」と、私は何度も現場に行く度に頭をひねった。

ある日、祖母と〝咳のおばあさん〟と呼ばれる祠にお参りに行った。この祠は昔、咳で亡くなった老婆を祀ったものであり、咳や風邪で苦しむ庶民が参拝すると立ちどころに病が治ると言われていた。

「あんたは、喘息やけん、今朝も行っとくでぇ」

「あぁ、咳のおばあさんやな」

日頃から祖母と私は、祠にお参りに行っていた。これが不思議なもので、何故かお参りするとしばらくは喘息が良くなる。民間の祠は意外にご利益があるのだ。最近、確認したところ、「おっぱしょ石」の近くにあった〝咳のおばあさん〟の祠はなくなり、道祖神の祠だけになってしまったという。だが、〝咳のおばあさん〟の祠は自分にとって身近なパワースポットであった。

「ばあちゃん、本物のおっぱしょ石ってどれ?」

お参りの帰り、歩き始めた祖母に私は聞いてみた。今朝は機嫌がよいので、祖母も口を割ると思ったからである。当時既に70代にもかかわらず、達者な足運びをしながら祖母はにやりと笑いながら言った。

「あれやで、あれが本体」

祖母は、南無妙法蓮華経と書かれた墓石の横に少しだけ頭を覗かせている黒い石の先端の方を指差した。

「あれが本物の妖怪……ええっ? 本体ってなんやろ」

私は心に深く刻んだ。──妖怪には本物とニセモノがあるんだ。

でも、──本体ってなんやろ。

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