下宿先の白い手(徳島市城南町) | コワイハナシ47

下宿先の白い手(徳島市城南町)

私が高校1年生の頃、父親の転勤に伴い、我が家は四国の徳島県から、千葉県に移ることになった。昭和58年の頃である。引っ越しの時に、父親に呼ばれて、こう言われた。

「おまえは、1人で徳島でしばらく下宿しとけ」

「ええっ、ほんまに? 1人なの?」

「あぁ、そうやな」

父親が表情を変えずに、クールに言い放った。

当時、自分に合った高校が都内や千葉県内になく、自分だけ徳島県に残り、通っていた城南高校のグランド裏にある下宿屋に下宿することになった。夏休みや冬休みに千葉の家族の元に帰るだけで、16歳の私は基本1人暮らしであった。

その下宿屋は老夫婦が経営しており、夫婦が1階に住み2階には下宿部屋が4部屋ほどあったと記憶している。古びた雰囲気の家屋に、徳島県の郡部から出てきた高校生が数人下宿していた。

「やる気が起きんわ」

一日中、日の当たらない部屋で私は、勉強もせずプロレス本とコミックを読み漁る毎日であった。あの下宿では時間が随分とゆっくり流れた、そんな記憶が今でもある。

時々、同級生や担任教師が心配して訪ねてきてくれるものの、基本気ままな1人の時間を満喫していた。十代の多感な頃、誰とも交わらず1人で沈思黙考する日々は後の自分に大きな影響を与えた。

ある日、私が高校から帰ったとき、下宿屋の玄関前で信じられないものを目撃した。

「あぁ、なんかおる!」

思わず手に持ったカバンを落とした私。目の前には蛇がいた。尋常ならざる大きさである。長さが一・五メートルぐらいある蛇が下宿を睨んでいるのだ。

「あんな場所におったら、下宿に帰れんわ」

困惑した私は妙案を思いついた。石をぶつければ良いのだ。

「これでも、喰らいやがれ」

私は思い切り振りかぶって、蛇に石をぶつけた。石が蛇の頭部にぶつかる。蛇は物凄い勢いでこちらに鎌首を向け、鋭い視線で睨んだかと思うと庭の茂みに消えていった。

(おおっ、良かった。蛇はその家の先祖霊が化けたものと言うけど、玄関を塞がれてはたまらんわ)

安心した私は、蛇のいなくなった玄関を通り自室に向かった。

怪異に遭遇したのはその夜であった。

プロレス雑誌を読み終え、自分なりに村松友視ばりのプロレス論を考察しながら、いつの間にか寝ていた。数時間の睡眠の後、胸が苦しくなり目がさえた。

(うううっ、なんだぁ)

いきなり何者かに覚醒させられた私。

「あれっ?」

ベッドの横にある窓が異空間のように〝ぐにゅぐにゅ〟蠢いているのが見えた。まるで異空間への入口が口を開けたようである。

「おかしいなぁ」

私が首をひねっていると、窓から白い手が出てくるのが見えた。

(これは夢かいな、現実かいな)

困惑する私。パニックになり、下宿備え付けのベッドから身を起こした。

(とにかく、近くで確認しよう)

次の瞬間信じられないことが起こった。私に向かって、その白い手が伸びてきたのだ。腕はくねくねと揺れながら自分の方に伸びていく。

「ひぃぃぃぃ!」

体を捻り思わずのけぞるが、白い手はもの凄い力で自分の襟首を掴んでいる。そのまま、自分の上半身が引き上げられたのを感じた。そのまま、ずるずると引きずられていく。顔面が床を擦っていく、畳の目が頬に強く当たる。

このままでは、あの窓に広がる異空間に飲み込まれてしまう。窓側に引き寄せられていくのだが、何故か全身から力が抜けて抵抗ができない。

「ああぁぁ、いかんいかん」

私は思わず神仏や先祖霊に助けを求め、心の中で祈った。

(どうか、どうか助けてください)

それでも引きずられていく。

(どうか、どうかご先祖さま、守護霊さま、お助けください)

すると、不思議なことだが、その白い手から力が抜けた。

(助かったのか)

その白い手は、すーっと窓の方にひいていき、くねくねと揺らぎながら、窓の中で蠢く異空間に吸い込まれていった。異空間に飲み込まれる瞬間、蛇の鎌首のようにその白い手は、手首をもたげ沈んでいった。

「あっ、あのときの蛇か」

私はなんともいえない気持ちになった。あの蛇が復讐しに来たのであろうか。

白い手が消えた後、そのまま床から立ち上がり、ベッドに戻って再び横になったことから、これが夢でないことは事実である。

あれから30年、老夫婦も亡くなり、下宿屋も無人になった。

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