逝ってしまった(東京都) | コワイハナシ47

逝ってしまった(東京都)

2010年7月24日、阿佐ヶ谷ロフトにて「山口敏太郎祭3」が開催された。この祭は、年に1回開催されるものでオカルト関連のオールスターイベントである。

この日も様々な催し物が披露されたのだが、私が最も気にしていたことは「四谷怪談」がらみのコーナーである。

実は私の友人であるOさんが、「四谷怪談」のDVDプロモーションを頼んできたのだ。

「あぁ、いいですよ」

気軽に引き受けてしまったものの、送られてきたDVDのパッケージを見て激しく後悔してしまった。──いわく付きの作品であったからだ。

そのDVDは、アニメーションだったのだが、お岩の声をあてた女性がアフレコの後、自殺しており、呪いの都市伝説の対象となっていた作品だったのだ。

(まずいかな)

一瞬戸惑った私だが、気にしないように心がけた。しかも、Oさんからはこんな提案があったのだ。

「牛抱さんに、四谷怪談の一部を語ってもらうのはどうでしょうかね」

「わかりました。山場だけでも脚本を書いてみましょう」

それから数日、連載や単行本の執筆の合間に、四谷怪談の脚本を書こうとするのだが、なぜか邪魔が入るのだ。

書き始めると深夜にもかかわらず、仕事の電話が入ったり、何故か原因不明の眩暈が起きて、仕事ができなくなったり、意味不明の眠気に襲われて、居眠りしたり、そんなこんなで10日が過ぎ、敏太郎祭まであと5日となった。

「牛抱さんにも早く脚本を渡さないといけないし、これは困ったぞ」

強引に書き進めていた夜のこと。久しぶりに金縛りにあった。

(うっ、動けない)

足に指先の感覚がなくなり、段々と凍っていくような感じであった。周囲の空気が(どん)と重くなった。その刹那、何かが足にしがみついた。

──何かの爪先が太ももに当たった。

何か重いものが、足にしがみつき、じわじわと這い上がってくる。

(やばい、やばいぞ、これは脳が見せる幻覚だ)

必死に抗う私。だが、這い上がってくるモノは私の胸のあたりまで移動してきた。

目玉だけは動いたので、必死に見ていると──長い髪の女がいた。

不思議なことだが、女の頭部にある〝うずまき〟も確認ができた。

「う〜っ、うう〜っ」

女は何か呻いている。

(なんだぁ、なんだよお、何を言っている)

混乱する私の耳に女の声が今度は〝明確に〟聞こえてきた。

「か〜書くな〜。か〜か〜書くな」

その次の瞬間、体が自由になった。

(これはいかん、書いてはいかんのだ)

私は翌朝、Oさんに電話してDVDの宣伝はするのだが、四谷怪談を演じるのではなく違う古典怪談を用意すると説明した。

だが、あまりにも不気味なので、当日ライブに出席する関係者、演者の名前を調べ、埼玉県に住んでいる真言宗の僧侶Nさんにご祈祷をお願いした。

このNさんは、以前某有名女優がお岩の霊に憑依されたときに、見事に除霊を成功させた僧侶である。

「山口さん、イベントに出るのはこれで全員ですか」

「ええ、全員ですよ」

「わかりました。祟りがないように御祈祷しておきますね」

そして、迎えたイベント当日。筆者は、スタッフに見慣れない男が交じっていることに気がついた。

「あの若い男は誰なの?」

スタッフは笑いながら、

「あれ、先生、ご存知なかったのですか? ○○さんの事務所の新人マネージャーですよ」

「あぁ、そう」

と言いながらもこれはまずいと思った。何故なら、祈祷の名簿にこの男の名前が入っていなかったからである。いや、入れようにも来る話はまったく聞いていなかった。

だが、今更どうしようもなく、敏太郎祭は粛々と進行していった。

そして、問題のDVD紹介コーナーも順調に終わった。披露する古典怪談も〝赤穂浪士にまつわる怪談〟を牛抱さんに演じてもらった。

だが、トラブルはその直後に起こった。

──てめえ、うちのタレントが使えねえと言っただろう。

楽屋の前にいた私に1人の男が掴みかかってきた。

「どういう意味ですか、そんな話はしていませんよ」

「うるせえ、表に出ろ! 勝負してやるぜ!」

その男とは某事務所の新人マネージャーである。祈祷の名簿から漏れていた男である。目玉があらぬ方角を向いており、口から泡を飛ばして錯乱している。

タレントについてきた芸能事務所の新人マネージャーが、イベントの主催者に掴みかかるとは異常である。

「大丈夫ですか、かなり興奮しているみたいですが……」

私の冷静な物言いが、さらに男を刺激させたのであろうか。男は大あばれである。

「てめえ! イベントの主催者だからっていばりやがって!」

その男は弊社や会場のスタッフ数人に押さえされ、外に連れ出されてしまった。これで終われば、単に気に短い男が暴れた話で終わるのだが、そうではなかった。

その男はそれから奇行が目立つようになった。ある日、男が上司に報告した。

「いやぁ、ベストスクープですよ。凄い写真を撮りました」

と言いながら社員全員にメール添付で送りつけたのは、

──猫の轢死体の写真であった。

また、違う日には、滑りと汚れでドロドロになった自宅の三角コーナーを抱えて出勤してくると、

「これ、会社の給湯室で使ってください」

半笑いでそう言って、女の子の机の上に異臭のする三角コーナーを置いた。

さらにまた後日、乾燥した醤油でガチガチに固まっている横山光輝の三国志を全巻抱えてきて、同期の机に置くと、

「おまえにやるよ。これ全巻読めよ」

と言い放ったというのだ。

後日、謝罪に来たその芸能事務所の社長と役員さんに、埼玉県のNさんのお寺の場所を教え、その男を祈祷に連れていくように言った。

しかし、お寺での祈祷の甲斐もなくその男の精神は狂ったままであり、錯乱したまま某大手銀行役員の父親と母親に連れられて会社を辞めていった。

つくづく四谷怪談の因縁とは恐ろしいものだと痛感したのだが、唯一私の失点と思える部分に気がついた。

ライブで披露する予定だった四谷怪談の代わりに、私が提供したのが〝赤穂浪士にまつわる怪談〟である。

──実は江戸期に四谷怪談が上演されたとき、赤穂浪士はセットで上演された演目であった。

私はお岩の呪縛から逃れることができなかったのである。

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