青梅の妖怪(東京都青梅市) | コワイハナシ47

青梅の妖怪(東京都青梅市)

2001年、妖怪をテーマにアート活動をしていた知人Aさんから連絡が入った。

「俺も友人から聞いた話なんだけど、青梅で妖怪町おこしが始まるらしいんだけど……」

「青梅って東京の端っこの?」

「そう、マラソンで有名なあの青梅、町おこしに参加できないかと思ってさ」

「いいねえ、何か面白いことができたらいいねえ」

こうして、知人に誘われる形で、私は青梅の地を踏んだ。ほかにも妖怪絵師のMくんや雑貨アーティストのOさんなどがおり、我々は青梅の妖怪町おこしに参画することになった。

今となっては、株式会社山口敏太郎タートルカンパニーの業務内容のうち〝町おこし〟や〝イベントプロデュース〟は主要な項目になっているが、当時34歳だった私は町おこしに関してはまったくの〝ど素人〟であった。そして、当時は昭和レトロ商品博物館しかなかった観光スポットを中心に、妖怪町おこしが始まった。

夏には、小泉八雲の曾孫の小泉凡ぼんさんを招いてのトークショー。

秋には、恒例の青梅アートフェスティバルのメインテーマを妖怪に設定した大規模なイベントが開催された。

結果的にはある程度の成功を収めたといえる。雪女が出没したと言われている場所から数百メートル離れた場所に、「小泉八雲・雪おんな縁の地」という記念碑が建立され、アートフェスティバル自体も数万人の観客を動員した。

そんな活動の中、不気味なことが稀にあった。

まだアートフェスティバルの詳細が決まりきっていない時、雪女探偵団の団長であった横川さんがこんなことを訊いてきた。

「間さん、何か不況を吹き飛ばす、景気がよくなる妖怪っていませんか?」

「景気がよくなる妖怪ですか、まぁカネダマでしょうか」

「それいいですね。イベントでカネダマをキャラとして使いましょう」

私は急いで手を出して止めた。

「横川さん、まずいですよ。カネダマは確かに東京都の妖怪ですが、町田にはいますが、青梅には伝承が残ってないんです」

「あぁ、残念だね」

横川さんは意気消沈したが、その後全体会議が開催されたのでその話はそのまま流れてしまった。

会議が始まると、地元の童話作家の小川秋子先生が手をあげた。

「わたしねえ、青梅に残る妖怪の話聞いちゃったのよ」

もの凄く嬉しそうである。

「小川先生、どんな話ですか」

すると小川先生はにっこりと笑ってこう言った。

「カネダマよ」

私は絶句した。

「カネダマの話が青梅にあったんですね」

「そうそう青梅市内にカネダマの伝承が残ってたのよ」

「……」

この言葉に私と横川さんは、黙って顔を見合わせた。普通、こんな偶然はない。横川さんが口火を切った。

「ねぇ、間さん、カネダマ、青梅にも伝承あるって、これちょうどいいね」

「いやはや、驚きました。このタイミングで」

私と横川さんがカネダマの話をしていたのは、ほんの数時間前であり、このことを知っているのは私と横川さんだけである。もちろん、小川先生は知るはずもない。

(何故、このタイミングでカネダマの話が出たんだろうか。偶然にしては怖すぎる)

なんとも言えない恐怖感を味わいながら、私は会議に参加していた。

すると横川さんが話題を私に振ってきた。

「カネダマがいるなら使えますね。あとカネダマの敵役はいませんか? 貧乏にする妖怪とか」会議に出席していた全員の顔がほころんだ。

「カネダマの敵役ですか、貧乏神がいいんですが、都内では北区なら祀られてるんですけどね」

そういい終わるや否や、地元の恩田さんが手をあげた。

「貧乏神なら、青梅でも祀っているよ。うちの向かいの床屋さんが貧乏神を祀ってるんだよ」

「……まじですか?」

私がおずおずと質問した。

「本当ですよ。これ以上貧乏になりませんようにって、貧乏神を祀ってるんですよ」

私と横川さんは再び顔を見合わせた。もはや、言葉すら出なかった。やはり、妖怪は実在するのだ。

奴らは我々人間をじっと観察し、時々偶然を装ってからかいに来るのだ。

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