離岸流 助けてくれた人(滋賀県) | コワイハナシ47

離岸流 助けてくれた人(滋賀県)

離岸流の怖ろしさは、サーフィンや海釣りをされる方ならばよくご存じであろう。その名のとおり岸から沖へと向かう水流のことだが、潮の流れのない琵琶湖にも同じような現象が起きる。

通常琵琶湖の水深は、岸から沖に向かって徐々に深くなる。ところが、浜によってはある地点で突然すとんと湖底が落ち込む「すり鉢」と呼ばれる地形の場所がある。そうした場所では水中に水温の異なる層ができやすく、そのことによって沖に向かう流れができたり、湖底の斜面を沖方向に滑り落ちる水流が生じたりするのだという。

水温の層による温度の違いは、私も昔、立ち泳ぎをしていたときに、息がつまるほどの温度差を感じた記憶がある。足首だけを突然氷水に浸したような感じと言えばいいだろうか。

そしてまた、離岸流と風の影響も加わったビーチ・ボールを沖に向かって追いかけることは、とても怖く覚悟の要ることだった。

ビーチ・ボールとの距離はひらく一方で、岸からもずいぶん離れてしまった状況は、トラウマに近い恐怖を伴った記憶のひとつである。

-離岸流-

七十代の男性、杉田さんからこんな話を伺った。

子どものころよく行った水泳場の外れに、琵琶湖と河口とが交わる箇所があった。そこには中州もあり、川岸の水草の陰には多くの魚がいた。本来の水泳場にはない面白さがあり、友だちと連れだってよくそこで遊んだ。

泳ぎには自信があったが、深い所へは行かないようにしていた。その辺りに小川のそれとは異なる水流があることを知っていたからである。

あるとき、杉田さんは夢中で潜水をしていたために、浮上したときに、思いがけず岸から離れた場所だったことがあった。

水面に顔を出し、しまったと思った時には沖に向かって流されていたという。

思えば、気持ちよく潜水で進んでいた時点で知らず知らず離岸流に乗っていたのであろう。

慌てて河口の方に向かって泳いだ。

懸命にクロールをしても前に進まない。

立ち泳ぎで休憩する間にも沖に流される。

友だちは杉田さんの状況に気づいていないようだった。

ふと沖の方を見ると、小さく人の頭が見えた。

遠い上に逆光で顔は分からないが、どうやらその人も立ち泳ぎをしているようだ。

そして、杉田さんのことに気づいているようだった。

水面から片手を上げて、杉田さんに手招きをしている。

あそこまで行けばなんとかなるのだろうか、という思いと、あそこまで行ってもどうにもならない、むしろ取り返しがつかなくなるのではないか、という思いが交錯した。

沖にいるその人がボートかなにかの上から手招きしているならば話は別だが、どうみてもぷかぷか浮いているだけのように見えたからである。

がむしゃらに泳いでは、岸に近づくことなくすーっと沖に戻される、ということを何度か繰り返した。

振り返ると、沖の人影はまだこっちに向かって手招きをしている。

なかば投げやりな気持ちのまましばらくその人を見ていると、どうやらただ手招きをしているだけではなさそうだった。

手首を高く上げて「こっちへ来い」と二、三度下げたあと、水面を撫でるように腕を真横に伸ばしている。

ようやく意味がわかった。

こっちへ来い、そして直角に曲がれ、とジェスチャーで示しているのだった。

いままで岸に向かって闇雲に泳いでいた杉田さんは、一か八か沖に向かって泳いだ。すると徐々に流れが穏やかになるのを感じた。そしてそのタイミングで直角にコースを変えた。岸と平行に十メートルも進まずして水流はほとんど感じなくなった。

そうして杉田さんは、ようやく岸に向かって戻ることができた。が、すでに体力は限界に達していた。

なんとか足のつく場所まで戻った杉田さんは、沖を見やり、助けてくれた人の姿を探した。

しかし、いくら目を凝らしてもきらきらと瞬く水面が広がるばかりだったという。

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