消えた石橋と男(滋賀県) | コワイハナシ47

消えた石橋と男(滋賀県)

今回の話を書くにあたり、ふと思い立って琵琶湖に流入する河川の数を調べてみたら、大小あわせて四百六十本とあった。

琵琶湖のスケールと照らして多いのか少ないのかはわからないが、けっこうな数である。

ちなみに琵琶湖から流出する川は、瀬田川ただ一本である。

瀬田川は宇治川から淀川と名前を変えて大阪湾へと至る。京阪神の上水として使用されているのは周知のとおりである。

ついでに調べたのは、橋の数え方で、これも河川と同じく「本」で問題ないらしい。

人も車も川を飛び越えるわけにはいかないから、琵琶湖一周をしようとすると四百六十本の橋を渡ることになる。

外周およそ二百キロ・メートルを橋の本数で割り算すると、等間隔ではないにせよ、湖州道路にはおよそ四〜五百メートルごとに何らかの橋が架かっていることになる。

車のスピードを思えばかなり頻繁に橋を渡ることになるが、いつも走る道を思い返して納得した。日頃は意識していないだけなのである。

近年、琵琶湖一周をストレスなく走れるバイパス道路が整備されたが、集落の中の旧浜街道を行くと、いまでもコンクリート製の簡素な橋や、古い石橋が残っている。

-石橋-

M町に住む五十代の清水さんが運転免許を取ったばかりの頃だというから、かれこれ三十年ほど昔の話になる。

ある夏の夜のこと。

清水さんは父親の軽トラックを借りてドライブに出かけた。

とくに目的もないまま、琵琶湖に沿って延びる浜街道を走った。

いずれ近いうちに自分の車を購入する予定だったが、とにかくひとりで自由に車を運転してみたかったのである。

エアコンもカーステレオも付いていない軽トラックだったから、ラジカセを助手席に置いて、窓を全開にして走った。

当時は集落に数軒ある万屋などの商店も、夜の七時には店じまいしてしまうのが普通だった。さほど遅い時間ではなかったが、集落の中を通り抜けるときも、街灯がところどころ灯るだけの淋しい光景だった。

集落を抜けると、琵琶湖と水田に挟まれた街灯のない真っ暗な道が続く。

幾つか目の集落を抜けてしばらく経った頃、軽トラックのヘッドライトの灯りの中に、古い石橋の欄干が照らし出された。

水田地帯のありふれた石橋だった。乗用車がなんとか対向できる幅で、長さは二十メートルもない。

普通ならば他の多くの橋と同じように、気にとめることもなく通り過ぎるような橋だった。

ところが、橋の手前数十メートルまで来た時、橋のちょうど真ん中あたり左側の欄干の上に何かが見えたのである。

-ドンゴロス(穀物などを入れる大型の麻袋)か?

最初はそう思った。

膨らんだ麻袋のように見えた。

欄干の上に置いてあるのか、あるいは欄干にもたれ掛かるようにして立った看板か何かに、真上からすっぽりと麻袋が被せてあるのか。

いや。

ドンゴロスではない。

欄干に腰かけた人間だ。

脚を外側に投げ出して座っている。

いや。

ドンゴロスだ。

あの膨らみと質感はどう見てもただの麻袋だ。

清水さんの頭はフルスピードで回転した。

人間だと言うなら、頭はどうだ。頭はあるか。腕はあるか?

麻袋だと言うなら、どうやってあの場所に留まっている?

時間にすれば十秒ほどだろう。怖いとは思わなかったが、そんなことを目まぐるしく自問自答したという。

そしてその真横を通り過ぎようとした時だった。

腰かけた状態から両腕で半身をぐっと持ち上げて、ひょいとむこう側に飛び降りる男の姿が、視界の隅に入った。

「うわっ」

思わず声が出た。

人間だったのか!

いや、あれはやはり麻袋で、ただ風で向こう側に落ちたのがそう見えただけではないのか。

走り続ける車の中で、清水さんはなおも自問自答を繰りかえした。

清水さんは石橋から五十メートルほど進んだところで車を止めた。

-仮にあれがドンゴロスではなくて人間やとして、何かの理由で、いや理由なんて要らん。あそこに座っていた人間がいて、むこう側に落ちた理由が俺の車が通ったときの風圧やったとしたら……。下手をすれば、俺はひき逃げ犯にされてしまうかもしれん。

免許を取って何日も経っていないのに……。

両親に迷惑をかけてしまうことになるのか……。

だからこそ、知らん顔をして逃げて帰ることは出来ない。

麻袋ならばそれに越したことはない。むしろその可能性の方が高い。

清水さんは覚悟を決めたものの、泣きそうな心境で車をUターンさせた。

百メートルほど戻った清水さんは、そこで一旦止り、車を再びUターンさせた。

そのまま最初の方向に百メートルほど進んで、また同じ道を戻る。

暗い道で、清水さんはそんなことを何度も繰り返した。

男の姿どころか、どれだけ探してもその石橋が無かったのだという。

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