ポスター(滋賀県) | コワイハナシ47

ポスター(滋賀県)

同世代の方から不思議な体験をお聞きするとき、それが遠い昔の子どものころの話であった場合などは、古いスナップ写真を見せてもらっているような心持ちになる。

それらの体験談は、まさに古い写真のように、ご本人のきわめて個人的な記憶とともに同世代の誰の目にも懐かしい背景が写っているからである。

私は、怪談を書く者としての立ち位置を少々誤っているのかもしれないが、話の主が「もしかしたら、子どもの頃に見た夢と混同しているのかもしれませんが……」と仰るような話にも愛おしさを覚える。

うまく言えないが、そう前置きして語られる話はときに決して夢ではないような気がするのである。

「怪異」という切っ掛けがなければ切り取られることがなかった光景がそこにあり、その「怪異」が語られたとき、それらの光景が再び記憶の澱の中から顔をのぞかせる。

話を聞く者(私)には、その瞬間に立ち会える愉しみがある。

-ポスター-

五十代の女性富美代さんが小学校の低学年の頃に体験されたという話である。

昭和四十年代後半。

映画は娯楽の主役としての栄華を誇っており、銭湯や万屋あるいは駄菓子屋の板壁や板塀など町中の至る所に、現在その町の映画館で上映されている映画のポスターが貼ってあった。

ベニヤ板を底板にしてポスターのサイズに合わせて角材で四角く縁どりされた看板が設えてあり、ポスターがその中に糊付けされていることが多かった。

映画の上映が終われば次に上映される映画のポスターが古いものの上に重ねて糊付けされる。それらは一定の厚さになったときにごっそり剥がされ、また最初の一枚からということになる。

富美代さんの通学路に一軒の銭湯があり、その側面にあたる外壁に、映画のポスターの看板が三つ並んでいた。

邦画の多い映画館、洋画系の映画館、そして成人映画を専門に上映する映画館の宣伝である。当時はそれぞれ二本、三本立てで上映されていたから、看板は縦に二、三枚貼れるように縦長のものだった。

大人の映画には興味はなかったが、年に数回上映される子ども映画のポスターを見るのは楽しみだったという。

それら映画のポスターは、ときにやんちゃな小学生の悪戯の対象になることがあった。

とはいえ、落書きなどという手の込んだものではない。

成人向け映画のポスターに描かれた女性の写真のある部分を、傘の先で突くのである。

紙のポスターは雨風に曝されるうちにいずれ傷んでくる。上映の日程とタイトルがわかれば良しとされているところがあったのだろう、小学生の悪戯による損傷が大きく問題視されることはなかった。

ポスター自体の今では考えられないようなリアルな描写と合わせて、なんとも大らかな時代だったということでもあろう。

女の子たちが「やめときぃな」と言うと、男子はよけいに調子に乗る。

やんちゃな男子どもは「えへへ」と笑っていたが、いま思えば性的な関心といっても所詮小学校の低学年のそれでしかなく、実際のところ何もよくわかっていないままただ面白がっていたのだ。

ある日の夕方。

富美代さんがひとりで帰っていると、銭湯の映画のポスターの前に男の子が立っていた。

上級生だろうか。

知らない顔だった。

洋画のポスターをじっと見ているようだった。

最近よく目にするようになった、外国の怖い映画のポスターだ。

富美代さんはその手のポスターは見るのも嫌だったが、歩きながらもなぜか目が吸いよせられた。

女性が悲鳴を上げているような顔が大きく描かれていたという。

富美代さんが男の子の脇を通り過ぎようとしたときだった。

男の子が手に持っていた傘の先をすっと上げた。

そして、

ぷつり。

ぷつり。

と女性の両目を傘の先で突いた。

「あっ!」

富美代さんは思わず声を出してしまった。

ポスターに描かれた女性の目のちょうど黒目の部分に、鉛筆の太さ程の穴が開いた。

「目の前で小さな生き物を踏みつぶされたような言いようのない不快感でした」

富美代さんは、そのときの心情をこう表現する。

富美代さんが息をのんで見つめていると、次の瞬間、男の子はその場から走り去ってしまった。

あのあと、再びポスターに目を向けた富美代さんは卒倒しそうになった。

無数の黒い虫が両目に開いた穴から次々と這い出ては、地面にぽたぽたと落ちていたのである。

見る見るうちに地面の黒い塊は大きくなっていく。

それまでも、そしてその後四十年以上経った現在でも、見たことのない気持ちの悪い虫だったという。

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