座敷牢に閉じ込められていたもの(兵庫県西宮市) | コワイハナシ47

座敷牢に閉じ込められていたもの(兵庫県西宮市)

小説、理科の先生の話、そして初老の男性が聞いたという話。

やはりなにかありそうだ。そう思った私は、西宮市内の友人の家に行った時、その話をしてみた。

その時、ちょうどお茶とお菓子を持ってきてくれた友人の母親が、私たちの話に加わってきた。

「私もその話、聞いたことあるよ。ただ、私の聞いた話は、それとはちょっと違うようやね」

その友人の母親が聞いた話とは、こういったものであった。

芦屋─西宮間一帯が空襲で壊滅する前、肉牛を大量に扱っている屋敷があった。

住み込んでいたお手伝いさんから近所の人たちが聞いた話によると、その母屋には座敷牢があり、なにがいるのかわからないが、家族のものが食事を運んでいるのでどうも人がいるようだ。しかも様子からして、そこに生まれた娘らしい……。

「体の一部が牛の子があそこに閉じ込められているそうだ」

と、話はどんどん肥大していったのである。

そして、大空襲であたりが焼け野原と化した時、その場所も母屋も同時に焼失してしまったという。

「じゃあ、その話は戦争前にあったわけですね」

「でも、その話が本当に噂になったのは、むしろ戦後のことなのよ」

なぜかというと、その焼け跡を調べてみた時には、ここにいたはずのものの死体も、そのほかの怪しいものも発見できなかったのだ。もともとなにもいなかったのか、それとも無事に逃げ出したのか。

そうこうしているある夕方、その焼け跡近くにそれが現れたというのだ。

頭が牛で、体は娘の着物を着た〝牛女〟が。

以来、その座敷牢から逃げ出したらしい〝牛女〟の噂があたりに広がったのだという。

友人の母親が話してくれたのはそういう話であった。

そして、その人は〝牛女〟という文字を新聞で読んだ記憶がある、と言った。

半身〝牛〟で半身〝女〟という、いわゆる「くだん」の話はここまでであるが、考え方によってはもっと興味深い「くだん」に関する情報が私のところに入ってきたのだ。

シェアする

フォローする