民宿騒動 無人の部屋からの笑い声(青森県) | コワイハナシ47

民宿騒動 無人の部屋からの笑い声(青森県)

先日、新聞社の取材で錦石の展示会に行った。

何でも、珍しい錦石を探すのは至難の技で、とにかく「ありそうな所」をひたすら足を使って巡るのだそうだ。

なるほどと膝を打った後、早速酒場で錦石に関する浅知恵を周囲に披露したところ、私と同じカウンター席に並ぶ初老の男性からこんな話を聞いた。

幸田さんは、一時期、陶芸教室に通っていた。

凝り性の幸田さんは、週一回の陶芸教室だけでは飽き足らず、教室のない日でも先生にお願いして窯元に出向いていた。

「今日は土を採りにいくから、幸田さんも行きますか」

一度先生と一緒に山へ土を採りにいくと、今度は土の魅力に取り憑かれた。

本当はどんな土を混ぜるかで陶芸の仕上がりが変わる、という所に醍醐味があったはずだが、窯を持たない幸田さんは、むしろ土そのものにばかりのめり込んだ。

素人考えでは土の種類なんぞ、さらっとしているか、ねちょっとしているか、くらいなものだが、ハマると色や粘質の粒の形状など、多彩なのだそうだ。

気に入った土を見つけたら、ビニール袋に入れて持ち帰る。

当時は未婚だったので、好きなことに幾らでも夢中になれたそうだ。

海では砂、山では土、近所だけではなく、県外までも足を伸ばした。

街中は建設業者が撒いた土ばかりで、面白くない。

人の手垢が付いていない所を探して出向いた。

岡山県へ出向いたのは備前焼に使う土をこの手で採取したかったからだ。

教室の先生から聞いた「良質な土が取れる場所」の近くに宿を取った。

観光も兼ねて朝早くから外に出て散策する。

少し暑い日だったので、日中は街を観光し、夕前に山へ向かった。

畑の近くに備前焼に向いた土があるとは聞いていたが、いざ畑に近寄ると人様の敷地から泥棒をしているような気がして、目に付いた山へ方向転換した。

緩やかな傾斜の、そこそこに人が通った気配がある道なき道を行った。

尤も、土漁りの観点からはあまり期待ができそうな雰囲気はない。

一面を見渡した所、枯葉と枯れ枝、虫の糞からできたよくある山の土。

下の地層は分からないが、そこまで掘るのは柄じゃない。

どこかに土がむき出しになった緩やかな崖でもあればいいのだが。

少し肌寒さを感じ、時計を見ると午後六時過ぎ。

幾ら足腰に自信があるとはいえ、これ以上山奥まで行ってしまうと帰ってきた頃には真っ暗だろう。

意地になっても仕方がない、もう戻ろう。

来た道を戻るが、畑があった民家周辺まで思ったよりも距離があった。

(あ。あの土……)

間もなく山から出るかという所で、暗がりの中に美しく映える茶色の土が敷かれた一角を見つけた。

あそこまでのものを登りで見落としていたとは。

山裾の茶色の土がある土地はもはや平坦で、畑との距離も遠かったため、気兼ねなくビニール袋に詰めることができた。

粘土質の土は、食べてもいいのではないかと思えるほど鮮やかな茶色だった。

取った宿は民宿を謳っていたが、宛がわれた洋室は殆どビジネスホテルの一室だった。

一階の食堂でお膳の朝食と夕食が振る舞われる所が民宿の面影か。

遅めに予約していた夕食を食べて部屋に戻ると、心地よい睡魔に襲われた。

何とかシャワーを浴びてから浴衣を纏い、ベッドに横たわる。

そして幸田さんは、ずん、と眠りに落ちた。

ベル。

電子音。

チャイム。

いや、フロントからの内線だ。

モーニングコールは頼んでいない。

枕元のデジタル時計は午前一時過ぎを表示していた。

『はい』

『すみません。フロントですが』

『はい』

『すみませんが、お友達ともう少し静かにしてもらえませんか。苦情が来ておりまして』

『えと。えー。ちょっと待ってください。起きたばかりでして。あの。その。お友達ですか?』

『ですね。今私も幸田様の部屋の前まで行って確認したのですが、ちょっと度が過ぎます。楽しいのは分かるのですが、あそこまで皆様で笑い声を立てられると困ります』

話が読めない。

読めないなりにも謝るべきか、それとも異議を申し立てるべきか。

『それ、本当に私の部屋ですか?』

『ええ。ですから、私が先ほど確認しました』

『ちょっともう一度、部屋まで来てもらえますか?』

フロントと言うのでスーツでも着たボーイが来るのを想像したが、現れたのはジャージを着た若者だった。

若者は部屋に恐縮した様子で入り、わざとらしく首を傾げた。

恐らく、少しの間に私が「友人の皆さん」とやらを外に出したと思っているのだろう。

「ふざけないでもらえますか。場合によっては即退出というのもありえますよ」

「いやいやいや。何を馬鹿なことを言ってるんだね。どう見ても誰もいないじゃないか」

「隠れてるんですか?クローゼットの中ですか?」

露骨な軽蔑の眼差しが幸田さんに向けられた。

「だから、誰もいな……」

「今、私が入る直前まで声がありました!いいかげんにしてください!」

若者はすっかり激昂している。

こうなると、濡れ衣を着せられた幸田さんも黙ってはいない。

「ばっが馬鹿言うな。はんかくせえくだらねえ。おらだっぎゃ俺はなあずっと一人だねぇだよ!眠ってらんずや眠っていたというのに。さしねえうるさい!」

そう啖呵を切ると、若者の腕を掴んで廊下に引っ張り出した。

そして、顔を顰め何か言いたげな若者に対し、人差し指を一本立てる。

幸田さんは続いて、片耳に広げた手を添えた。

(騒音はここじゃない。よく聞け)

二人が耳を澄ました頃、大きく開け放たれていた幸田さんの部屋のドアが、静かに閉まった。

あはははははは。

うあははははは。

おほおほほほ。

確かに度が過ぎる笑い声が幸田さんの部屋から響いた。

「ほらあ!」

慌ててドアを開ける。

「あっ!」

「ああ!」

二人は同時に声を上げた。

部屋の中は、床、ベッドの上からテレビの画面まで、そこかしこが茶色の土まみれだった。

咄嗟に採取した土に思い当たったはいいものの、部屋の中の土は見るからに持ってきた分量の何倍もある。

大体からして、ついさっきまでこんな様子ではなかったのだ。

「何ですかあ!」

「いや、おらは知らねって」

「勘弁してください!」

収めようのなさそうな事態を幸田さんは金で解決した。

清掃代負担、迷惑料を若者に直で一万円。

笑い声が以降なかったこともあり、それで済んだ。

翌日、もう一度あの茶色の土を探しに採取場所に向かったが、記憶通りの場所周辺を幾ら探しても、どうしても見つからなかった。

何となく怪しいのは、山裾近くの墓場くらいだった。

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