マジック 父の声(青森県) | コワイハナシ47

マジック 父の声(青森県)

ビニール袋が仕込まれた新聞紙に牛乳を注ぐ。

折りたたんで逆さにしても、ほらこの通り、牛乳は溢れません。

お次は指にはめた肌色のサックから一輪の花を華麗に咲かせます。

さて、取り出したるはこのコイン……。

小学二年の頃、クラス担任の提案で、毎日のホームルームに日替わり担当の一人が〈表現〉をすることになった。

「何でもいいんですよ。〈表現〉は自由です。歌を唄っても、どこかで描いた絵をみんなに見せても、今日一日に思ったことを発表したっていいんです」

先生が言うには、とにかく何でもアリ。勝ちも負けもないから、好きなことを恥ずかしがらずやればいいとのことだ。

「面白そう」

「ええ、やりたくないな」

「頑張ってダンスの練習しようかな」

クラスメイト達が様々な反応を見せる中、先生の提案に一際賛同したのがこの話の提供者、前原君だった。

前原君は保育園にいたときから、どうにもいじめられがちだった。

線の細い体つきで、引っ込み思案。悲しいことがあるとすぐ泣く子だったため、他の子供達は弱い前原君を的にして、意地悪な遊びをしようとする。

普段は仲良く話をしてくれるのに、いざ身体を使った遊びをすると、すぐにいじめが始まった。

「お母さん、ぼく〈表現〉はマジックがやりたい」

「あら、良いんじゃない?」

母は事前に担任からのプリントを読んでいたので、〈表現〉のことは知っていた。

「じゃあ、マジックの種がいるわね」

二人はおもちゃ売り場でマジックグッズを三つ購入した。

家に戻って、グッズの箱を開けたときの興奮は今も忘れられない。

気分はすっかりマジシャンで、クラスメイトが自分の繰り出す魔法に驚き、尊敬の念を込めて見つめる様が目に浮かんだ。

前原君は〈表現〉のマジックで自分の立場を挽回したいと思っていたのだ。

「どれ、お母さんが見てあげる」

手にした新聞紙にはファスナーの付いたビニール袋が仕込まれていて、水を注いでも溢れないように細工がされていた。説明書によると、適量の水を入れて観客にバレないようにファスナーを閉めればいいとのことだ。

「……ほら、この通り……あ、溢れちゃった」

水を入れすぎた。次からは気を付けないと。

「大丈夫よ。何回も練習したらうまくなるから」

「うん」

所作や言葉遣いは母が教えてくれた。

何度か練習すると、新聞紙のマジックも、指から花を出すマジックもうまくできるようになった。

ただ、コインマジックだけは日を跨いでもなかなか上達せず、段々と前原君の〈表現〉の日が近付いていった。

「二つできればいいんじゃない?十分上手になったんだし」

「うーん。このコインマジックが一番かっこいいんだよ……」

コインマジックの説明書には写真付きで一枚のコインを五本の指で巧みに転がす方法が書かれていた。その後のマジック自体には関係のない動きだが、決まると最高に渋いことをテレビで観て知っていたため、前原君は相当にこだわりを持っていた。

とはいえ、それぞれの指の間にコインを挟み、小指から親指までコインが練り動かせるのは不器用な前原君には至難の技だ。

練習に次ぐ練習。

夜もコインを握りしめて寝た。

「お母さん!見て!」

〈表現〉当日の朝、前原君は母の目の前で、コインを片手で転がした。

「わぁ!上手ねえ!かっこいいわ!」

じょうず、じょうず。

やったね。

母の賛辞に続き、男の声が親子の間近で響いた。

「お母さん。今、声……」

「え。あ……お父さんの声だ……」

母はそう言うと、口を押さえて泣き出した。

前原君は生まれて間もない頃に癌で死んだ父の声を知らない。

母の嬉し涙を見る限りでは、どうも本当に父の声だったらしい。

試しに何度かコインを転がしてみたが、声はそれ以上なかった。

かくして〈表現〉はうまくいった。

クラスの誰もが盛大な拍手をした。

以来ぱたっといじめはなくなった。とはいかなかったが、一日を楽しく感じられることが多くなった。

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