円山川のゼロ戦(兵庫県) | コワイハナシ47

円山川のゼロ戦(兵庫県)

それを見たのは、昭和四十四、五年の頃であろうか。

まだ小学生だった私は、戦争ごっこに夢中であった。

当時は、第二次世界大戦を舞台にした漫画や映画、アニメが氾濫し、男の子の冒険心をくすぐり、そこに登場する軍艦や戦車、戦闘機はこの世に存在する最もかっこいいメカニックであった。私の部屋は零ゼロ戦、隼、紫電、紫電改、雷電、飛燕といった旧帝国陸海軍の戦闘機や同一尺に縮小された戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦といった旧海軍の連合艦隊のプラモデルでいっぱいであった。もちろん、それらの制式名から、馬力、航続距離、最高速度、装備といった性能から活躍した時期、その最期まで〝そら〟で言えるぐらい精通していた。

その私が見たのだから間違いない。

夏の暑い日、近所に流れる円山川の河原で、友人たちと戦争ごっこをやっていた。想像力のたくましい私たちは、いつものように空を飛ぶ鳥や燕を仮想の敵機や味方の零戦に見立てて、真っ黒になってそこらをはいずりまわっていた。

その時、頭上で大きな爆音がした。

見ると、一機の小型プロペラ機が猛烈なエンジン音をたてて、我々の頭上を低空飛行で通り過ぎていく。

「ゼロ戦や!」

誰かがそう叫んだ。

緑色の機体、黒色の前面のエンジンカバー、単葉式の翼、その翼にははっきりと赤い日の丸が見える。ボディの型、大きさ、翼の先の角度、まさに誰かが叫んだとおり、それはゼロ戦のボディである。私は瞬時にしてそれが制式名零式艦上戦闘機五十二型であると見てとった。

その零戦五十二型は、我々の頭上を越えて、そのまま上昇したかと思うと雲もないのにすっとどこかにかき消えた。そのあこがれの姿をよく見極めようとじっと目を離さずにいたはずなのに、気がついたらその姿はなくなっていたのである。

「ゼロ戦や、かっこいいなぁ」

「あれはしかし、ホンマに零戦なんやろうか?」

「ゼロ戦によく似た、誰かの自家用機かもしれんな」

このあたりはだいたいがなにもない田舎で、適当な飛行場があるわけでもなく、こんな経験ははじめてであった。仮に自家用機と考えてもこんなところを低空で飛ぶなんてまずありえないし、零戦が今の世の中に存在しないことも知っていた。

ともかく零戦に似た飛行機を見たということで、その時はみんなで興奮した。

いま思うと、あまりにも似すぎている。ひょっとしたら、当時の零戦が残っていたのかもしれない。そう思って調べてみると、あった!

旧・日本海軍の誇る零式艦上戦闘機は、今ではほとんど残っていない。復元機が数機保存されているが乗れる機はない。本機ともいえる零戦は五十二型がただ一機だけ日本に存在している。ただしそれも実飛不能。当時の日本軍の現存する唯一の実飛可能な戦闘機は、紫電改ただ一機で、それはアメリカのペンシルバニア州に保存してある……。

その後、民間用の飛行機を、昔の戦闘機そのままに復元することは禁止されていることも知った。

だが、真夏の、わが故郷の河原を飛んだ時代錯誤の零戦の雄姿はいまだ私の脳裏を離れることがない。

シェアする

フォローする