気配 富山観音堂(宮城郡松島町) | コワイハナシ47

気配 富山観音堂(宮城郡松島町)

数年前の春、藤江さんは定年退職した夫と一緒に自動車旅行をした。場所は南東北だ。

藤江さん夫婦は福島県からスタートし、山形県を周り、最後に宮城県に立ち寄った。宮城県内における観光の目玉は日本三景の一つ松島だ。

二人は展望の良い場所から松島を眺めたいと、山の頂にある「富山観音堂」へ行くことにした。というのも、富山観音堂からの眺めは、松島が美しく見える「松島四大観」の一つといわれているからだ。

しかし、富山観音堂に行くには駐車場で自動車を降りてから、長い石段を上らなくてはならない。

五十代半ばを過ぎた頃から、藤江さんは無理をすると膝が痛くなる。そのため、石段を見上げて、上ることを躊躇してしまった。旅行も終わりに近づいて、疲れが出てきていたこともあった。

しかし、今度はいつ松島に来られるか分からない。いや、もしかしたら、もう二度と宮城の地に足を踏み入れることができないかもしれない。藤江さんは夫に励まされ、石段を上って行くことにした。

駐車場から頂上までは歩いて十五分程度と聞いていたが、休みを取りながら進んでいったため、その倍はかかった。

そして、ようやく頂上へ。藤江さん夫婦は本堂前から松島を眺めた。海の上に大小の島々が浮かぶ美しい風景に、互いに来て良かったと言い合った。

そして、その帰りのことだった。

藤江さんにとっては石段を上るよりも降りる方がつらかった。上りの時の疲れがある上に、降りる方が膝に負担がかかるからだ。

藤江さんは、ゆっくり降りていった。すぐ後ろには夫がいる。もしもの時は支えてくれるだろうと当てにしていた。

しばらくすると、藤江さんは階段を一段踏み外しそうになってドキリとした。それでも背後に夫の気配がしたので、安心して先へ進んだ。

ところが、数段先で次の一歩をためらったはずみに、尻餅をついた。藤江さんはその場に座り込んだまま、夫を振り返って思わず怒鳴ってしまった。

「危なくなったら、支えてよ!」

しかし、振り返った瞬間、黒い塊がすっと消えるのが目に入った。

藤江さんは悲鳴を上げた。

すると、その声を聞きつけた夫が急いで石段を降りて駆け寄ってきた。夫は藤江さんから随分離れたところにいたのだ。

夫だと思っていた時には、その気配に頼って安心していたのに……。それが正体不明のものだったと分かった途端に、全身に震えが来てしまった。「まさに知らぬが仏とはこのことだ」と、藤江さんは語った。

シェアする

フォローする