尾ひれ 松島(宮城郡松島町) | コワイハナシ47

尾ひれ 松島(宮城郡松島町)

和夫さんは仕事柄、地方都市への出張が多い。

最近は、全国どこへ行くにも新幹線や飛行機を使えば日帰りが可能だ。でも、和夫さんは有給休暇がもらえる時には、一泊して出張先の観光と名物料理を楽しむことにしている。

仙台市へ出張した翌日、和夫さんは、松島を見物することにした。京都の天橋立、広島の宮島にも出張のついでに立ち寄った。日本三景の最後の一つ、松島もぜひ観ておきたいと思ったからだ。

和夫さんは、仙台駅からJR仙石線に乗り、本塩釜駅へ着いた。「人口に対する寿司屋の店舗数日本一」と言われる塩竈市では、ぜひ寿司を食べようと計画していたのだ。

和夫さんはネットの情報で評判の良い寿司屋があると知って、その場所を探して歩き回った。

しかし、なかなか見つからず、夏の太陽に照らされて歩き回っているうちに、熱中症寸前になってしまったらしい。目当ての店に入って椅子に掛けた時には、汗だくの上、一瞬目の前が真っ暗になってしまったという。

それでも、美味しい寿司を食べているうちに体調が回復していったそうだ。

昼食の後、和夫さんは塩釜港から遊覧船で松島海岸へ向かうことにした。大小二百六十ほどもあるという島々を、海の上からも眺めてみたいと思ったからだ。

遊覧船に乗り込み塩釜港を出ると、船内では島々の説明があった。和夫さんは、説明に耳を傾けながら景色を眺めていた。

すると、ある島に人影を見つけた。長い髪を生やした女のようだった。岩に腰掛けていて、両足は海の中に入れている。

和夫さんは(海女さんだろうか……)と思った。

和夫さんが見つめていると、女は頭から海へと飛び込んだ。そして、逆さまになった女の両脚が高く上がった時だった。和夫さんは、思わず目を見開いた。高く上がったのは、二本の脚ではなく尾ひれだったのだ。

そして、あっという間に尾ひれは海に沈んで行った。

もしかしたらダイビング用のフィンだろうかと、和夫さんは思った。いや、違う、あれは確かに魚の尾ひれの形をしていた。他に見た人がいないか遊覧船の中を見回したが、平日で船に乗っている人も少なく、誰も驚いたり騒いだりしてはいなかった。

松島海岸に到着して、和夫さんは瑞巌寺や五大堂を観て回った。だが、観光中も尾ひれがある女のことが気になって仕方がない。しかし、あんな女がこの世にいるだろうか? 和夫さんは、松島海岸駅からJR仙石線を使い仙台へ戻る予定を変更して、帰りも塩釜港行きの遊覧船に乗る決心をした。計画していた旅の予算をオーバーしても、もう一度見られるものなら見て、あの女の正体を確かめてみたいと思ったのだ。

遊覧船が松島海岸を出港すると、和夫さんはすぐに眠くなってきた。歩き回った疲れが出たらしい。だが、眠り込んでしまわないように、懸命に眠気を振り払った。

すると、今度は遊覧船からそう遠くない位置の島に、女の姿が見えた。岩に腰掛けた女の、魚のような下半身が見える。

和夫さんは興奮して、誰かに知らせようと見回した。だが、船内には同乗したはずの客が誰もいなくなっている。変だなと思いながらも、和夫さんはもう一度窓の外を見た。

すると、いきなり女の顔がガラス越しに現れた。目が合った和夫さんは大声を張り上げた。

濡れてべっとりと長い髪が張り付いた女の顔は、干からびたようにひび割れていた。崩れかかった口元からは、まばらに残った数本の黒い歯が見えていた。

その瞬間、和夫さんは目が覚めた。周りでは皆が和夫さんの方を見ている。くすくすと笑っている者もいた。

どうやら夢を見て、大声を上げたようだと気が付いた。和夫さんは、塩竈市で無理をしたせいで熱中症に罹り、行きの遊覧船の中でも幻を見ていたのだろうと納得した。そう、この世に人魚などいるはずがないのだ。

遊覧船は間もなく塩釜港へ到着する。

和夫さんは、松島の美しい風景も見納めだと思った。くつろいだ気持ちで、遠くなっていく島々を眺めた。

だがその時、最後に視界に入った島影で、尾ひれが海に沈んで行く光景を、再び見てしまった。

シェアする

フォローする