JR東北本線国府多賀城駅の北側に位置する多賀城跡。その歴史は古く、奈良時代に大和朝廷が東北の地を統治するために建てた国府(政治の拠点)であるという。以降、南北朝争乱までの間、東北の政治の中心地であったとされる。
夫の転勤で兵庫県から仙台市に移り住んだ桃子さんは毎日暇を持て余していた。そこで、観光スポットでも回ろうと、情報収集を行うことにした。すると、「多賀城政庁跡に宝くじが当たるパワーを秘めた礎石がある」ということを知った。多賀城政庁跡とは、重要な政務や儀式が行われていた場所だ。
スピリチュアル好きの桃子さんは、早速、出かけてみることにした。しかし、願いを知られては効果がないという。そこで、スマホで日の入りの時間を調べて、暗くなる前に駅へ戻れるように計画して出かけることにした。薄暗くなってからの方が他の人に会わないだろうと思ったからだ。
ある日の夕方、桃子さんは国府多賀城駅に降り立った。駅を出ていくつかの野原を越え、丘の斜面にある緩やかな階段を昇り、ようやく多賀城政庁跡に着いた。辺りには誰もいなかった。
しかし、政庁跡にはいくつもの礎石があった。どれがパワーを秘めた礎石なのか、見当もつかない。途方に暮れた桃子さんは、とりあえず周囲を歩いてみることにした。
数分後、桃子さんは一つの礎石の前で足を止めた。
(この石だけ、なんだか光っているように見えるでぇ)
桃子さんはこれに違いないと考えた。そして、(一億円当たりますように。いや、五千万円でもええです。いや、仙台に来たばかりの新参者やのに、欲張ったらあかんか。一千万円でもええです。でも、子どもが生まれたら、一戸建ても欲しいし。やっぱり五千万円……)などと祈りながら、一心不乱に礎石を撫で回した。
そうしているうちに、じょじょに暗くなっていった。
桃子さんは、ふと何かを感じて辺りを見回した。すると、少し離れたところにうずくまっている人影が見えた。
いつの間にやって来たのだろうか。その人物は和服を着ていた。顔は見えないが、髪が長いので女性かと思われた。
桃子さんは、その女性も宝くじが当たるように願っているに違いないと思った。しかし、パワーのある礎石は、桃子さんの手の下にあるものだけだと確信している。桃子さんは勝ち誇ったような気持ちになった。
しかし、もしも女性が桃子さんに気付いたら、自分が願いごとをしていることが分かってしまうかもしれない。
桃子さんは女性に見つからないように立ち去ろうと、ゆっくりと腰を上げた。そして、中腰で音を立てないように二、三歩後退りした時だった。うずくまっていた女性が、突然上半身を起こしたのだ。
(やばい!)
桃子さんは中腰のまま静止した。そして、次の瞬間、踵を返して走り出した。
女性の顔は、目鼻も何もないのっぺらぼうだったのだ。
桃子さんは悲鳴を上げながら、多賀城政庁跡を走り下った。その間もずっと女がすすり泣くような声に追いかけられ、生きた心地もしなかったという。
ちなみに、宝くじを当てることはできたのか、私は桃子さんに聞いてみた。すると、桃子さんからは「当たらへんかったわ」という答えが返ってきた。
この世のものではないとはいえ、桃子さんは願いごとをしている姿を見られてしまった。そのせいかもしれない。