狐の嫁入りその二 (新潟県東蒲原郡阿賀町) | コワイハナシ47

狐の嫁入りその二 (新潟県東蒲原郡阿賀町)

神奈川県に住む渚さんは、半年後に結婚が決まっていた。

しかし、幸せの絶頂にあるはずなのに、結婚生活には不安を抱いていた。その原因は、幼い頃に出て行った彼女のお父さんにあった。

両親は渚さんが三歳の時に離婚。その後、お父さんは自分の夢を追いかけ、ハワイへ渡った。だが、夢半ばにしてガンを患わずらい、最後は故郷の新潟県へ帰って亡くなったそうだ。

両親の離婚後、渚さんはお父さんとは一度も会うことはなかった。

渚さんの手元に残った形見は、赤いアロハシャツ姿でにっこりと笑っているお父さんの写真だけだった。

渚さんの婚約者は、妻子を捨ててまで夢を追いかけるようなタイプの男性ではない。だから、幸せな家庭を築けるはず。そう渚さんは思っていた。

しかし、お母さんだけの一人親家庭で育った渚さんは、お母さんと同じように自分も寂しい思いをするのではないかという不安が消えなかった。たまたま婚約者もお父さんと同じ名前だったことも、不安を感じる要素になっていたのかもしれない。

渚さんは、お父さんがどんな人だったのか、あまりお母さんに尋ねたことはなかった。お母さんの気持ちを思うと、お父さんのことを聞くのはなんだかいけないことのような気がしていたからだ。だが、結婚を控えて、自分もいずれは親になると考えると、お父さんのことをもっと知っておきたいと思うようになった。

おぼろげだが、渚さんには一つだけお父さんの記憶がある。

渚さんがお母さんの腕に抱かれていた時、突然、白と赤の奇妙な化粧をした男が現れた。そして、渚さんの頬に自分の頬を摺すり寄よせてきた。渚さんは驚き、泣きわめいた。そんな渚さんをお母さんが「あれはお父さんだから」と必死に宥なだめた。

渚さんは思い切ってお母さんにその記憶の内容について尋ねてみた。すると、それはお父さんの故郷の新潟県へ遊びに行き、阿賀町津川の祭りを見物した時のことだという。

その祭りとは「つがわ狐の嫁入り行列」。地元に伝わる狐の嫁入り伝説になぞらえた花嫁行列で、花嫁花婿を始め、お供の人々や見物人までもが、おでこや鼻、口の周りなどを白く塗り、その上から赤い隈取りで鼻筋、そして黒い髭を描き、紅をさすという狐を模した化粧をして、祭りを盛り上げるというものだ。

調べてみると、その祭りは今でも開催されていることが分かった。間もなく結婚する自分と何か因縁がありそうだと渚さんは感じた。

祭りの当日、渚さんは一人で阿賀町津川を訪れた。渚さんは、祭りが始まる時刻まで、町並みを見渡せる麒麟山の展望台へハイキングに行った。展望台に立ちながら、二十年前に親子で来た時にも同じ景色を眺めたのかもしれないと考えた。

祭り見物から数ヵ月後、お父さんは家を出て行ったそうだ。渚さんは「果たして自分はお父さんから愛されていたのだろうか? ここへ来た時は楽しい家族旅行だったのだろうか?」と思いを巡らせていた。

すると、四?五メートル離れた木立の陰に、赤と白の物体が見え隠れしたような気がした。渚さんは、他の観光客が来たのだろうと思った。

しかし、人にしては小さいように思えたので、気になって少しずつ近寄ってみた。赤と白の物体は、木の葉の向こうで微かに揺らぎながら、宙に浮かんでいるように見える。

渚さんは、それがいったい何なのか確かめようと、邪魔な木の葉を片手で払いのけた。

するとその物体はすっと遠ざかって、また先の木陰に隠れたので、よく見えなくなった。渚さんは生物のようだと思って少し怖くなった。しかし、音もなく去っていった物体が気になり、そっと木立に踏み込み隠れた場所に近づくと、一気に枝葉を払いのけた。

赤と白に見えた物体は、そこにはいなかった。

しかし、渚さんの頬に何かがすっと触れる気配があった。渚さんは驚いて身を引いた。そして、その気配の正体を見た。

祭りの際に行う狐の化粧を施した人の顔だった。首も胴体も足もなく、ただ顔だけが宙に浮かんでいたのだ。

渚さんは叫び声を上げ、踵きびすを返して、走り出した。高台を駆け下りながら後ろを振り返ると、遠くの方で狐の化粧の顔が揺れているのが見える。渚さんは必死に走った。そして、何度目かに振り返った時に、ようやく狐の化粧の顔は見えなくなっていた。

渚さんは、祭りの見物客で賑わう町へたどり着いた。そこには狐の化粧を施した人達があちらこちらにいた。渚さんはさっき自分が見たのは、同じ狐の化粧をした誰かで、木立の中にいきなり現れたので、顔が宙に浮かんでいるように見えたのだろうと、自分に言い聞かせた。今日に限っては、狐の化粧は珍しいものではない。そう思うと自分のそそっかしさに、おかしくなってきた。

狐の嫁入り行列が始まった。白無垢の狐の花嫁さんが、お供の狐たちに囲まれて近づいて来る。

すると行列を隔てた向こう側、渚さんの真正面に狐の化粧をした男性が立っているのが目に入った。その男性は五月の初めだというのにアロハシャツ姿だった。

渚さんはハッとして、手に持ったバッグの中を探り古い写真を取り出した。

写真の中のお父さんは、向かい側に立つ男性と同じ赤地に白いハイビスカス模様のアロハシャツを着ていた。

渚さんはもう一度向かい側の狐の化粧の男を見た。その男性は渚さんを見て軽く頷いたように見えた。渚さんはもっと近くでその男性を見ようと、増えてきた見物人の隙間を縫って頭を動かすのだが、男の姿は微かに見え隠れするだけだった。

そして、行列と見物人の陰に隠れていたアロハシャツの男の顔が再び見えた、ちょうどその時、男の顔に施された狐の化粧が消え、写真と同じお父さんの笑顔になった。

渚さんは驚きの声を上げた。

渚さんはお父さんに近づくために踏み出そうとした。しかし、見物人達の陰で再びお父さんの姿が見えなくなった。次に人の群れの隙間から向こう側が見えた時には、もうお父さんはいなくなっていたという。

行列が過ぎ去って見物人達が帰り出す中、渚さんは一人立ちすくんでいた。

渚さんは(お父さんが笑顔を見せてくれたのは、私が花嫁になることを喜んでくれていたからではないだろうか)と考えた。そして、(お父さんは私を見捨てたのではなく、遠くからずっと見守ってくれていたのだ)と。

渚さんは不安な気持ちに区切りをつけて、幸せな家庭を築いていこうと誓った。

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