路地の女(東京都) | コワイハナシ47

路地の女(東京都)

外食関連の会社に勤めるJさんの話である。

七年前の冬だった。

その日、彼は出張で上京して取引先との会合に出席した。

先方の接待で何軒かはしごをし、タクシーに乗ったのは午前一時をまわっていた。

宿泊先のホテルは夕方にチェックインしてあるが、泊まるのははじめてだった。ホテルの名前を告げても運転手は場所を知らず、カーナビを頼りに走りだした。

シートに躯を沈めると、接待疲れのせいでまもなく目ま蓋ぶたが重くなった。

そのままうとうとしていると、

「お客さん、お客さん」

運転手の声で眼を覚ました。

ホテルに着いたのかと思ったが、運転手は首をかしげて、

「ナビだと、このへんなんですがねえ」

ホテルが見つからないという。窓の外に眼をやると、ホテルはすぐ近くのようだった。酔いざましにすこし歩きたい気がして、タクシーをおりた。

深夜の通りはひと気がなく、火ほ照てった躯に冷たい風が心地いい。

だが、しばらく歩いてもホテルが見つからない。スマホで地図を確認しようと思ったら、いつのまにかバッテリーが切れている。

「まあ、そのうち見つかるだろう」

Jさんは胸のなかでつぶやいて、夜道を歩いた。

あたりはシャッターをおろした商店や民家ばかりで、暗く静まりかえっている。タクシーの窓から見たときはホテルの近くに思えたが、どうやら見当ちがいだったらしい。

あてもなく歩いていると、だんだん寒くなってきた。

誰かに道を訊ねようにも通行人はいないし、コンビニもない。またタクシーを拾おうかと思ったが、せまい通りとあって空車はおろか車一台通らない。

腕時計を見たら、もう二時をすぎている。ちゃんとホテルに着いていれば、とっくに熱いシャワーを浴びて、いま頃はベッドで眠っていただろう。

早く大通りにでたいが、道は入り組んでいて方角がわからない。

「──まいったな」

途方に暮れつつ歩いていたら、前方を女が歩いているのに気づいた。

細身の白いコートを羽織ってヒールが高く、水商売のような雰囲気である。彼女についていけば大通りにでられるかもしれない。そう思って女のあとを追った。

ところが女についていくうちに、細い路地に迷いこんでいた。

かろうじて大人がならんで歩けるくらいの道幅で、とうに潰れたスナックや小料理屋が道の両側にごちゃごちゃ軒を連ねている。

女はあいかわらず前を歩いているが、こんな路地が大通りに通じているとは思えない。といってひきかえすのは億劫だし、脇道もない。

女はどこへいくつもりなのか、道のまんなかをゆっくり歩いている。このままのろのろ歩くのもじれったいから、早く路地を抜けようと思った。

だが足を速めても、女との距離が縮まらない。

女の歩調からして、たちまち追いつくはずなのに、いったいどうなっているのか。

Jさんは、女を追い抜くつもりで駆けだした。次の瞬間、

「待ちなさいッ」

背後で男の鋭い声がした。

ぎくりとして振りかえると、制服姿の警官が懐中電灯を手にして立っていた。制帽で顔はよく見えないが、声からすると中年のようだった。

警官はこちらに懐中電灯をむけて、

「そこで、なにをしてるんですか」

「なにって、道を歩いていただけ──」

といいかけて、前をむいたら道がない。さっきまで歩いていた路地は消え失せて、何歩か先に金属のフェンスがある。

フェンスは足でまたげるほどの高さで、そのむこうに商店や民家の明かりが見える。

Jさんは、いつのまにかビルの屋上に佇んでいた。

警官は、廃ビルに不審者が侵入したという通報を受けて様子を見にきたという。

しかしビルに入りこんだ記憶はまったくない。

あのまま走っていたら、死ぬところだった。

そう思ったら、いまさらのように背筋が冷たくなった。

警官にうながされて錆ついた非常階段をおりると、そこはさっきの路地ではなく、はじめて見る通りだった。閑散とはしているが、コンビニや飲食店の明かりが見える。

Jさんは信じてもらえないのを承知で、女のことを語った。

なるほど、と警官は気のない返事をして、

「早い話が酔っぱらったってことでしょう。呑みすぎには注意してください」

それで解放してもらえたが、別れ際にホテルへの道筋を調べてもらうと、いまいる場所から電車でふた駅も離れていた。

「あとで考えるとタクシーに乗ったときから、なにかが変だった気がします」

とJさんはいった。

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