狐か人か(鳥取県) | コワイハナシ47

狐か人か(鳥取県)

「会いたかった死者と会えたとしても、油断したら駄目なんですよね」

春樹さんは大学生の時、親友Kを亡くした。彼は旅行先で、恋人と一緒に命を絶ってしまったのだという。

その親友Kは、大学生になった春樹さんが初めて作った友人であり、やがてお互いに部屋の合鍵を渡し合う仲になった。

Kの遺族が部屋を解約してしまう前に、春樹さんは共通の知り合いを連れて、Kの部屋を訪れた。

部屋の中には物があまり残っていなかった。ギターやテレビなどの金目の物は売り払い、恋人との旅行資金にしたらしい。だが、Kの誕生日に春樹さんたちがプレゼントしたオリジナルCDや安物のジッポライターは残されていた。それを見て、春樹さんたちは静かに涙を流した。

Kが一番好きだった辛口の日本酒を買ってきて、みんなで飲み干そう、という話になった。思い出話に花を咲かせることが供養だと考え、春樹さんは親友Kとのおもしろおかしいエピソードを披露し、友人たちを笑わせた。

一人帰り、二人帰り、部屋には春樹さんだけが残された。春樹さんは部屋のベランダに出て、親友Kと一緒に煙草を吸っていた時のことを思い出していた。

不意に、生暖かい風が吹き抜けた。その直後、春樹さんが吐き出した煙草の煙が、夜の闇に消えることなく、春樹さんのすぐ横に集まっていき、ゆっくりと人の形を作っていった。やがてそれは、親友Kの姿になった。

春樹さんは、死者が見えたら気をつけなさい、という祖母の言葉を思い出した。祖母は平安時代から続いている寺の娘である。不思議なものを視る力があるらしく、春樹さんにもそのうち視えるようになる、と予言していた。

春樹さんは煙の中の親友Kに体温を感じた。Kは、お気に入りだったシャツとジーパンを着ている。来てくれたんだな、と春樹さんは思った。涙を流しながら、ゆっくりと口を開く。

「お前、なんで死んだんだよ」

思わず詰問するような口調になってしまった。だが半透明の親友Kはにこにこしている。

──ごめんな。こっちは大丈夫だから、おまえらもなんとかやれよ──

春樹さんの頭の中に、Kの声が響いた。そして、Kの姿はゆっくりと消えていった。

その二日後、春樹さんはKの母親に会った。春樹さんは煙の中のKの姿を思い出しながら、もしかして亡くなった時、こんな格好をしていませんでしたか、と訊いてみた。

どうしてわかったの、とKの母親は驚いていた。

自分には死者に会う能力があるんだな、と春樹さんは思った。

その後も、春樹さんは親友Kに何度か会った。

友人たちと一緒に、Kとの思い出のある公園を訪れた時だった。ひとしきり談笑して、帰ろうとした時、春樹さんは後ろからKに話しかけられた気がした。春樹さんが立ち止まって振り向くと、Kが生前のままの姿で立っていた。春樹さんがゆっくりとKに近づくと、胸ポケットの携帯電話が震えた。祖母からだった。

「もしもし、だいじょうぶかい?」

春樹さんの祖母は、春樹さんの異変を察知して電話をかけてきてくれることがある。今回もそういうことか、と思いながら、親友Kが再び出てきてくれた、と祖母に告げた。

「そいつは違うよ!」

祖母が怒気を込めて言った。その直後、目の前にいたKの姿がふっと消えた。

「あんたが油断してるから、狐にからかわれるんだよ。明日にでもうちに寄りなさい」

翌日、春樹さんは祖母の家を訪れた。親友Kのことをどう思っているのか、と祖母に訊かれ、春樹さんはありのままの気持ちを伝えた。

「あんたの親友は、もう成仏されているんだよ。あんたの心に隙間ができてしまっている。狐や狸なら、いたずら心で済むんだけど。ちょっとそのままだと危ないね。あたしも直前にしかわからないから、あんたが自分で気をつけないと」

祖母は春樹さんに黒い数珠を渡してくれた。手に付けていたらあんたは無くすだろうから、バッグに入れておきなさい、と祖母は言った。

それからおよそ一ヶ月後。連休中にA島に言ってみようぜ、と春樹さんは友人から誘われた。

A島は、鳥取の心霊スポットの一つとして知られている。春には桜並木と菜の花畑を目当てに多数の花見客が訪れる場所だが、死体遺棄事件が起きるなど、物騒な場所でもあった。

友人は、A島では会いたい死者と会える、という噂をインターネット上で見たらしい。そこに行けば、もしかしたらKに会えるかもしれない、というのだ。

友人に昼間のA島の写真を見せられ、きれいな場所だな、と春樹さんは心惹かれた。そして、友人の話に乗ることにした。夜ではなく昼に訪れれば大丈夫だろう、と思った。

春樹さんと友人は朝のうちにレンタカーを借りて出発した。空は晴れ渡り、窓を開けると、禍々しい雰囲気とは無縁のさわやかな秋の風が吹いていた。

陸地とA島をつなぐ青い橋が見えた時、助手席の友人が急に頭痛に苦しみ出した。春樹さんは車を停めて、友人にペットボトルの水と頭痛薬を渡した。

「帰ろう。興味本位で来ちゃ駄目な場所だ。あーあ、俺、はじめて視えちゃったよ」

友人によれば、青い橋の上から、青白く、半透明の人影が、こちらを見ているらしい。しかも、一人や二人ではないという。だが春樹さんはいくら目を凝らしても、日の光を反射して輝く水面と、鮮やかな青色の橋が見えるばかりだった。

「あの橋、入り口からヤバいって。真っ黒なのがいる。早く車出して。マジで吐きそう」

友人が指差す方を、春樹さんは何度も瞬きしながら目を凝らして観た。すると、黒い影が現れ、次第にそれははっきりとした形をとっていき、見覚えのある姿に変わっていった。春樹さんに向かって微笑ほほえみ、手招きをしている。

「おい、Kが来てくれたぞ」

春樹さんは運転席のドアを開けた。秋の風を肌に受け、体が軽くなったように感じた。助手席で怯える友人の腕を強く引っ張り、一緒に外に出よう、と促した。だが、友人は車から出たくない、と言い張る。

バチッ──

突然、後部座席に置いておいた春樹さんのバッグの中から破裂音が聞こえた。

春樹さんはハッとして、おそるおそるバッグを開けた。

祖母からもらった数珠が弾けとんで、黒い珠があちこちに飛び散っていた。

唖然としていると、胸ポケットの携帯が震えた。

「そこから離れなさい。気をつけるんだよ」

春樹さんの祖母が、いつになく穏やかな口調で春樹さんに告げた。

「祖母に呼びつけられて、こっぴどく叱られました。あんたは未熟なんだから、他人様を巻き込むかもしれないのに、なんで気をつけないんだ、って。それからは、心霊スポットとか、怪しい噂がある所には行かないようにしています」

祖母によれば、青い橋の上でKの姿をとった黒い影は、いわゆる悪霊なのだという。人間として生まれ、何人もの人間を殺し、死してなお、他人の心の隙間につけ込み、死に誘う存在。

「Kはもう、極楽浄土に旅立ったんですよね。今でも時々、Kの声や姿を感じることもあります。そのたびに、これはただの錯覚だ、と自分に言い聞かせてます。でも、僕たちの思い出の中で、彼はまだ生きている。それでいいんですよね。それでじゅうぶんです」

春樹さんは自分に言い聞かせるように呟いた。

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