みんなの神社(徳島県) | コワイハナシ47

みんなの神社(徳島県)

昇さんはT県の郊外にある古い住宅地に十一歳まで住んでいた。

自宅は急な坂道の途中にあって、その坂を下りきったところと、上りきったところにはどちらも神社があったという。

坂下の神社は社殿が比較的最近建て直され、秋の祭りの日には境内に露店が並び、大勢の人でにぎわっていた。

対する坂上の神社は、狭い境内の外縁が手入れのされていない木々でジャングルのような状態だった。社殿は屋根が崩れかけているように見え、危ないから建物に近づかないようにと親や学校の先生に言われていたらしい。

もちろん祭りなどは行なわれず、訪れるのは朝夕犬を散歩させている近所の老人くらいだった。

ある年の夏の終わりのこと。

昇さんは友人たち二人と坂下の神社にクワガタを捕りに出かけた。

神社の裏から住宅地の隙間に細長く続く雑木林があり、そこに入っていったのだがあまり成果はなかった。友人の一人がコクワガタを二匹捕まえただけで、昇さんの虫かごは空っぽである。

やがてその場所はあきらめて、よそへ移ってみることになった。

通っている小学校の近くの斜面が林になっていて、そこはわりあいよくクワガタの捕れる場所だと言われていた。だが地主が非常に口やかましい老人で、子供が無断侵入したと知るとすぐ学校に怒ど鳴なり込みにくるというので有名だった。親と一緒にその地主の家に謝罪に行かされたという上級生の話も耳に入っていた。

なのでここは面倒は避けることにして、昇さんたちは坂上の神社に向かったという。

坂上の神社は猟場としてはイマイチだったが、藪やぶに踏み込んでもなぜかほとんど蚊に刺されないという良い点もあった。

神社に到着すると、昇さんたちはジャングル化した木の枝をくぐって奥に入っていく。

狭い空間だがちょっと離れるとすぐに仲間の姿が見えなくなってしまう。先に進めない箇所も多くちょっとした迷路のようで、そういう楽しさはあったようだ。

昇さんはしばらくさまよったものの成果が上がらず、何となく今日は駄目そうだと思って早々に少し開けた場所に出て腰を下ろした。

四方から蝉せみの声に囲まれていると、頭がぼんやりしてくるような気がした。

急に肩を叩かれたので、はっとして顔を上げると知らない女の人が立っていたという。

四十歳前後くらいの、化粧っ気のない、髪の長い女性だ。

「きみ、近所の子?」

女の人はそう話しかけてきた。

昇さんはちょっと考えてからうなずいた。

すると女の人は視線を昇さんの背後に送り、

「あの子たちってきみの友達?」

そう言ったので昇さんが振り返ると、林の入口付近に薄汚れた感じの猫が二匹ちょこんと座っていた。

まわりを見たが、まだクワガタ捕りを続けているはずの仲間の姿が見当たらない。

二匹の猫はじっとこちらを見つめていた。

友達って、あの猫たちのことを言ってるのかな?

そう思って昇さんは女の人のほうに向き直った。

するといつのまにかその女の人は昇さんの隣にしゃがみ込んでいた。

「あたし猫が嫌いなのよう、あの目つきがイヤ。ほらこっち見てるでしょ、何で見るのかしらね」

そう言いながら今度は手を握ってきた。まるで氷に漬けられていたような冷たい手だったという。

昇さんは嫌だなと思いながら「はあ」と曖あい昧まいに返事をした。

「友達なんでしょ?ちょっと追っ払って来てくれない?お願いだから早く行って来てちょうだい」

女の人は急せかすように言うが、なぜか手をぎゅっと握りしめたまま離さなかった。

「困るのよねえ猫がいると。ここはみんなの神社でしょ?なのに猫が我が物顔で居座っちゃって。猫って悪さするものでしょ?魚を盗んだり、魚を盗んだり、魚を盗んだりね」

女の人は言いながらぐいぐいと体をこっちに寄せてくる。その襟えり元もとのあたりから生臭いような、何だか変な臭いが漂ってきた。

顔をそむけつつ、困りきった昇さんは仲間たちの姿をさがした。

すると二匹の猫が立ち上がってこちらに向かって歩き出すのが見えた。

ひっ、という声が聞こえたかと思うと昇さんの手を握っていた力が急に解けた。見れば女の人は尻餅をつきそうな勢いで後ずさりながら「イヤだあ、イヤだあ」と泣き声混じりに訴えていた。

ふたたび猫の方を見ると、なぜかそこには捕虫網や虫かごを手にした仲間たちが不思議そうな顔をして立っていた。

「何してんのノボル。具合でも悪いのか?」

そう言われてはっとした昇さんが振り返ると、女の人がいたはずの場所には死にかけの蝉が腹を見せて転がり、壊れたおもちゃのように暴れていた。

仲間の一人が捕虫網の先でつつくと、そのまま最後の力を振り絞るように飛び去って藪の方へ消えていった。

以上、三十年近く前なので細部は違うかもしれないけれど、と言いつつ昇さんが思い出して語ってくれた話である。

仲間たちが猫の姿に見えた理由については、彼らが二人とも当時家で年老いた猫を飼っていたことくらいしか思いつかないと昇さんは言う。

だがあのとき彼が見た猫たちは、実際に二人が飼っている猫とはまったく似ていなかった。

二匹とも黒地に灰色が渦を巻いたような、見たことのない不思議な柄だったそうだ。

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