隣の座席(大阪府) | コワイハナシ47

隣の座席(大阪府)

同じトンネルでの出来事である。

以前、女流漫才をやっていたMさんが、大阪の難波方面行きの電車に乗っていた。もう夜も遅く、車内の乗客はまばらだったという。

電車がトンネルに入った時、後の車両からパタパタパタとスリッパをひっかけた中年のサラリーマンがやって来た。ちゃんとネクタイをしめ、グレーのスーツを着こなす、頭を七三に分けた紳士。にもかかわらず、スリッパを履いている。

(ははぁ、こら、酔っぱらいやな)とMさんは思った。どこかの料亭か居酒屋で飲んでいて、酔っぱらってスリッパのまま電車に乗り込んだのだろうと。

だがスリッパ男の足取りはわりとしっかりしていて、パタパタパタとなおもこちらの方へやって来る。

(どうでもええけど、私の隣に来るんやないやろな)と悪い予感がしたとたん、どしっとその男がMさんの隣に腰掛けた。そしてピッタリと身体をMさんに擦りよせてくる。空席はあちこちにあるのに、なんでまた、私の隣に!と腹がたって、(こいつ、どんな顔してるんやろ)と、向かい側の車窓を見た。

トンネルの中なので、車内の様子が綺麗にそのガラスに映り込んでいる。Mさん自身の姿も見える。ところが、隣にいるはずの男の姿がない。Mさんの隣は空席なのだ。

(えっ)と思って横目で隣の男を見るが、グレーのスーツを着た男は確かに真横に座っていて、ピタッと着いた生暖かい身体の感触もある。目を下にやると、スリッパと紺色の靴下を履いた足が、ちゃんとそこにある。

もう一度、向かいの車窓を見る。

やっぱりMさんの姿はあるが、隣にいるはずの男の姿が映っていない。(えっ、どういうこと?)と思っていると、隣の男はスックと立ち上がって、またパタパタパタとスリッパの音を立てながら、前の車両に向かって歩いていき、やがてその男の姿は、その車両へと消えた。

と、同時に電車はトンネルを抜けたのである。

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