トンネルで聞いた声(長野県東筑摩郡) | コワイハナシ47

トンネルで聞いた声(長野県東筑摩郡)

平成元(一九八九)年の五月のことだという。

保険外交員のNさんはその日、松本市から青木村に住む顧客の家に向けて車を走らせていた。

国道一四三号線と名が付いてはいるが、畝々とカーブが続く、鬱蒼とした峠道である。

山道に差し掛かったところで、急にこめかみが痛くなり始めたので、青木村に着いたら頭痛薬を買おうとNさんは思った。

素掘りの壁が珍しい会吉トンネルを抜け、更に進むにつれて、痛みは段々と強くなってくる。

日ごろ感じたことのない痛み方だったので、Nさんは少し不安に思った。気を紛らわせようとラジオをつけると、人気女性アイドル歌手の調子外れな歌声がスピーカーから流れてくる。それでも、それを聞いていれば、いくらか頭痛が忘れられるように感じた。

そして明通あけどおしトンネルに差しかかったとき。

ラジオの音に急にノイズがはしったかと思ったら、ふっと突然消えてしまった。が、暗いトンネル内とあってラジオの機械の操作ができない。短いトンネルなので抜けてから確認しようと思った、その瞬間。

「こんな……ゴボッ……ころさな……おねがい……いや、たすけて……このこだけ……」

そのような声がスピーカーから途切れ途切れに聞こえてきたので、Nさんは思わず耳を疑った。

トンネルを出ると、すぐに車を停めてカーステレオを見てみたが、ラジオ放送は途切れていない。

女性アイドルのおぼつかない歌声が車内に響いている。もしかしたら歌のなかにそんな歌詞があったのではないかと思ったが、淡い恋心を歌った曲なので、そんなはずはなかった。

時間を掛けて青木村に到着すると、なぜか頭の痛みがすっきりと消えている。

これだったら薬を買うまでもないだろうと、その足ですぐに顧客のところに行き、仕事を済ませた。そして松本市に帰ろうと再び車を走らせると、またもや激しい頭痛がNさんを襲った。

それも先ほどよりはるかに強い。なにか脳の深刻な病気ではないかと思ったほどだが、村内には大きな病院はない。仕方なく薬を買って飲んだ。車中では充分に休めないので小さな宿に泊まり、会社には出先で具合が悪くなったので今日は早退します、とNさんは電話で報告した。

その翌朝、体調は元に戻っていたが、宿の主人と奥さんが玄関先で近所の者と興奮気味に話し込んでいるので、なにごとかと思ったら、

「ああ、お客さん、バラバラ殺人があったっていうんですよ。そこの青木峠でですよ。こんなのどかなところで恐ろしい事件が起きちまって、もう驚いたなんてもんじゃないよ。いやあ、これは大変なことになった」

そういってその日の朝刊を見せてくる。そこには下記のような記事があった。

『五月十三日、長野県東筑摩郡本城村の青木峠近くで、幼児の死体と、母親らしい女性のバラバラ死体が見つかった事件は、新緑の美しい静かな山あいの斜面を、せい惨な雰囲気と多くのナゾに包み込んだ。長野県警は松本署に捜査本部を置き、二人の身元確認や、現場近くにあった買い物袋と事件との関連調べなどを急いでいる。

母子らしい二人の死体は、十三日午後十時過ぎから、捜査員十五人によって沢伝いに歩いて引き揚げられ、遺留品と共に松本署に運ばれた。

死体が発見された急斜面の雑木林は、一ヶ月前に伐採されたばかりで、国道を通る車からは、かなり遠くまで谷底を見渡せる。斜面のこう配は三、四十度で、人が立つのも困難なほど急だ。

その斜面の半ばから下にかけて、まず二、三歳の男の子の死体。さらに、ナタのようなもので切断されたと見られる女性の右足、右腕、黒ビニール袋入りの頭などが散らばっていた。

現場を見て引き揚げてきた片岡陽・松本署長は、「子どもの顔はむくんで、何歳かも判断できない。女性はバラバラで、ビニール袋からは長い髪や手足の一部が飛び出していた」と、無残な様子を説明。女性の死体は、切断後にビニール袋に詰めて捨てられたが、袋は捨てられた時のショックなどで破れたらしい。

男の子は二、三歳と推定され、標準の発育なら歯が生えそろい、言葉もしゃべり出す、かわいい盛りだ。また女性は小柄で、きゃしゃな体つきを思わせる。

死体の散乱状況からみて、犯人は、女性を他の場所で殺害、切断した後、男の子と一緒に車で運び、国道から斜面に向けて投げ落としたとみられる。(途中略)

青木峠の付近は、国道とはいえ、定期バスも走らない寂しい場所。一四三号に並行する別の国道にトンネルが開通してから車は減り、山菜採りやキノコ採りの人が通る程度の「抜け道」になっていた。』(一九八九年五月十四日 朝日新聞朝刊)

それを読んだ途端、Nさんは昨日のトンネルのなかで聞いた声のことを思い出した。

あれは殺された母親の断末魔の叫びだったのだろうか? しかし、声は車内のスピーカーから聞こえていたし、車外からの声だとしても、途切れ途切れではあったが、あれほどはっきりと聞こえるはずがない。自分があの道を通ったのは、捜査が始まる半日ほど前だったが、新聞の報道から考えると、母親がバラバラにされて捨てられたのはもっと前だったろう。

さらに不思議なのは、新しい道が完成したことを知っているのに、なぜ自分が「抜け道」でしかない、あの道を通ることを選んだのかということだった。

「今思うと、なにか呼ばれたような気がするんだよ。早く見つけてほしかったのかもしれないねえ」

そうNさんは語る。

帰りは違うルートで松本市に戻ったそうだ。それからは青木村に用事があっても、その峠道は使わないようにしているとのこと。

その後、犯人は逮捕されたが、殺された母子の夫だったという。

明通トンネルは、松本寄りにある会吉トンネルと同じく明治二十三(一八九〇)年に開通した、国道トンネルとしては国内最古のものである。

先述の通り、会吉トンネルは素掘りの壁に吹き付けをしただけの、いかにも時代を帯びたものだ。トンネルのなかには照明のようなものはなく、内部が狭いため信号による交互通行方式が使われている。これだけでも充分に不気味だが、過去にこのトンネルのなかで心中と思われる男女の焼死体が見つかった事件が起きたという。その影響か、会吉トンネル内の心霊体験談は非常に多い。

この物語で紹介したバラバラ殺人事件以降、明通トンネルは会吉トンネルと同様、すっかり怪奇スポットと化してしまったそうだ。

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