ミラー越しの女(長野県南信地方) | コワイハナシ47

ミラー越しの女(長野県南信地方)

居酒屋で私(丸山)が知り合ったTさんは、南信地方の市バスの運転手だという。

何度か店で顔を合わせるうちに、気がつくと飲み仲間のようになっていた。

ある日、自分が怪談書きであることを告げ、勤務中になにか怖い体験をしたことがないかと水を向けてみた。

真っ赤になった顔に皺を寄せて、腕を組みながら、ううむ、とひとしきりTさんは考え込んでいた。

「もうこのかた三十年ぐれえバスには乗ってるが、怖い目なんかには遭ったことはねえなあ。テレビでようやってるような、祟られたとか心霊写真なんていうのは、大方気のせいか作り物じゃねえのかな」

そういって笑った。

すると、その数日後、Tさんは私に電話を掛けてきて、

「すっかり忘れてたがせ、前に妙なことが一度だけあったんだわ。……ちゅうわけで、今晩どうです、一杯」

単に私と飲みたい口実かと思ったが、そうではないようだ。

これはそのときに聞いた話である。

十五年ほど前の、ある冬の夜のこと。

当時Tさんの受け持ちルートは、駅前から里山にかけての県道だった。

過疎化の進むその町で、バスに乗るのは老人ばかりだったという。

その日も最後の乗客を降ろした後、いつものように車庫に戻るため、山麓の道を走っていた。

すると─。

百メートルほど先の路肩に、赤いコートを着た女が立っていることに気づいた。

老人ばかりの町で珍しいなとTさんは思った。

バスが近づいてくるのを、じっと待っているように見える。

しかし、女の立っている場所は停留所ではない。それにTさんは業務をすでに終えている。

別に気に留めることはなかろうと、アクセルを踏み込んだ。

女の横を通り過ぎようとした、そのとき──。

「ひいッ!」

思わず、声が漏れた。

サイドミラーとルームミラーの両方に、赤いコートを着た女が映っている。

「外に立っとる人間が、バスのミラー全部に、しかも同時に映りこむなんてありえんわな。それによ、ルームミラーを見たときに、運転している俺の真後ろに女は立っとったんだわ」

女がミラーに映ったのは、ほんの一瞬の出来事で、彼が奇妙な目に遭ったのは、後にも先にも、そのときだけだそうだ。

しかし、Tさんがその地域の受け持ちを離れた後も、同じ体験をしたという者が、しばらく続出したという。

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