最期の逃亡者 あさま山荘事件(長野県佐久郡軽井沢町) | コワイハナシ47

最期の逃亡者 あさま山荘事件(長野県佐久郡軽井沢町)

長野市のとある小さなビデオショップで働いていた、利夫さんの話である。

彼の容姿はひときわ目立って見えた。身長百八十七センチ、筋肉質でやせ型。

七〇年代のファッション、ベルボトムやヒッピーファッション、レイバンのティアドロップサングラス等が大流行した九〇年代のことだった。

「ちょうど松本サリン事件、東京では地下鉄サリン事件で、世の中に『テロ』という言葉が耳馴染んでいた頃でしたかね、だけどこっちでは長野オリンピックも開催されるということで、色んな人が来てた頃かな。僕は当時、二十一歳でした。親元を離れて長野で一人暮らしをしていてね。国立大の学生でね、ビデオ屋でアルバイトしてたんですよ。そしたら、やたら色んな人が僕を好んでやってきてたんです」

と、利夫さんは言う。

利夫さんは七〇年代の文化が大好きで、ベルボトムジーンズに白いTシャツ、デニムシャツを引っかけ、ビデオ屋の店頭に立っていた。まだ二十歳になりたてくらいだったが、彼の姿を五十歳から七十歳くらいまでのおじさんがやたら気に入って、お店や利夫さんの家に集まったりしたそうだ。

「何だか、その時は青春放浪記って感じでしたよ。古い小汚い六畳のアパートにいつも五、六人は遊びに来る。そして店にも数人がおしゃべりにやって来るし。店長にも『何でお前の時だけ客が多いんだ、金をちょろまかしてないか?』なんて言うんでね。モテ期っていうのかな。ヤロウばっかですけどね。俺の恰好が七〇年代風だったせいか、その世代が青春だったってオヤジが物珍しがって集まるんだなって思ってたんですよ。けどね、中には変わった客もいてね……」

その中でも二人のおじさんが、やたらと利夫さんを気に入っていたそうだ。

一人は、目つきが鋭いが、利夫さんの友達とも交流が上手く、いつのまにかお得意様以上の付き合いになっていた、気さくなおじさんだった。年齢は六十歳くらいだったろうか。

「お前さんが人気あるし、このあたりじゃ知らない人いないっていうから、来てみたんだよ」

と言って店に入って来たのが最初だった。

「そんなに有名すか? 俺?」

「ああ。知り合いがそう言ってたんでね。なんか、おすすめのビデオある?」

「新人のAV女優の上モノが入荷してます」

「それ、当然借りる」

と、こんなやり取りがよく続いた。そうするうちに、家にもやってくるようになった。利夫さん目当てに集まる連中とも交流ができたようで、一つのコミュニティになっていた。

かといって、エロビデオを上映するわけでも、下ネタで集まる会というわけでもない。たわいもない色んな話で盛り上がるだけだった。

だが、「青春のひととき」といった風の共通の安心感が、その部屋の空気を満たして心地よかった。

そのビデオ店は客層の多くが男で、女性はあまり来なかった。店に置いてあるビデオの半分がエロビデオだったこともあるだろう。

「エロいの入ってますよ」

と利夫さんが言えば、客が殺到する。利夫さん自身の人気というより、エロビデオを気軽に借りることができる兄ちゃん、という意味で人気が高かったようだ。と、利夫さんは思い込んでいた。

そして、もう一人の男性がよくやってくるようになった。

五十歳くらいのおじさんだった。見た目はどう見ても五十歳くらいなのに、ビデオの会員証を作る際の身分証は七十歳だった。

「お客さん、すごく若いですね! とても七十歳には見えませんよ」

「へえ、いくつに見えるんだい?」

「五十歳そこそこって感じっス」

その一瞬、男性の顔つきが変わったことを利夫さんは見逃さなかった。(あれ、もっと若くいわないと納得しないタチかな?)と思い、

「あれあれ、納得できないですか? もっと? 四十九歳くらい?」

おじさんはさも可笑しそうに笑った。

「一歳しか変わらん。褒められてもうれしくないな。七十歳のじいさんなんでな」

利夫さんは、じっとその人の顔を見た。深い日焼けしわのようなものがあるが、七十歳と言えば自分の祖父くらいの年齢だが、歩き方や身のこなしが祖父たちとは全然違う。身長は高くないが、肩幅があり、腕も太く鍛え上げた感があった。

「いやいや、かなり若く見えますよ」

「そう言ってくれると嬉しいがな」

老人は、ほぼ毎日というほど店にやってきては雑談した。

みんなが集まる家には一度だけやってきた。ニコニコして話を聞いて、学生のようにみんなで騒いでいたが、それからしばらくの間やって来なくなった。

それから二週間ほど経った平日の昼間に、またその老人がひょっこり現れた。

「利夫君、久しぶりだね、しばらく海外に行ってたんだ。また日本に戻ったんだけどね、しばらく離れるよ。もう最後になるかもしれへんし、最後かと思う。君と話をしたくて来たんだよ」

老人の姿は、以前より日焼けした精悍な表情に変わっていた。

「最後って大げさですよ。へえ~。海外ですか、すごいですね? 旅行ですか?」

「いやいや、元々僕はね、海外に住んでいるんだよ。まあ、東南アジアのあちこちにいるんだけども」

「東南アジア。商社か何か、現地法人とかですか?」

老人は笑顔を少し真顔に戻して、小さな声で言った。

「軍隊、みたいなことをしてるんだよ」

「自衛隊? 海外派遣のですか?」

「ああ、いや。そうだな、君には言っておくか。僕はね、海外では軍隊を持って活動してるんだ。まあ傭兵というか、私設の軍ね……」

利夫さんには海外の軍隊という意味がよくわからなかった。その話は深追いすることなく終わった。

そして、老人はまた嬉しそうに利夫さんの姿を上から下まで舐めるように視て、こう言った。

「本当に懐かしいな。よく似てる」

「僕が? 誰に似てるんですか?」

「僕の尊敬してた人や。あさま山荘の事件は知ってる?」

「ああ、聞いたことはあります。軽井沢の……でも生まれる前だがら正直あんまり……すみません」

「そうだろう、もう二十年以上前の話だからな」

そう言うと、軽いため息をつきながら、また笑顔で言った。

「僕はね、その時のあさまの関係者。逃げてしまったから逃亡者なんや」

「逃亡者というと? 僕はほんとに詳しくないんですけど、あれって何人かであさま山荘に立てこもって、みんな死んだんじゃないんですか? あと、リンチで殺し合ったとか聞いたことありますけど……」

「あれはね、元々はそうじゃなかったんだよ。指導者が入れ替わって、変わってしまったんだよ。実はね、本当の最初の赤軍のリーダーは、利夫君みたいな奴だったんだよ。みんなで集まってワイワイやって、学生も誰でも、人が寄ってくるような明るくてカリスマがある奴だったんや……。けど、リーダーがいないうちに、だんだん組織が変わっちまったんだよ」

老人は静かに言った。

「だからね、あんたを見かけた時に、あの時のあの人だ! そりゃ幽霊かと思ったほど驚いたんだよ……。話してみるとそっくりだしね。まさか息子さんなんかなと思ってた。けど、全然違うし、あの人に子供はいなかったし」

「はあ……」

「意味不明だろ? そうだよなあ。あの事件は、もうこの国じゃ忘れられてんだろうなあ。だけど、みんなが忘れている頃に起きるからね。恨んでる奴らはずっと地下で恨み続けてる」

笑顔の老人の目が少しきつくなった。

「君みたいなリーダーが、本当は世の中を変えるんだよ。そう願ってたし、そう願ってる」

と言うと、老人は借りていたビデオを返却した。老人が借りるビデオは戦争物や実録映画が多かった。

エロビデオの類は借りそうな雰囲気をみせつつも、一度も借りなかった。

「あの、もうここには来ないんですか?」

ふと利夫さんはそう言った。老人はまた屈託のない笑顔でうなずいた。

「次の戦いがあるからね。前は年に一回は一か月くらい仕事で来てたけれど、軍隊も忙しくなりそうだから、しばらくは戻れないよ。行けても東京までかなあ。本当に君を気に入ってる。懐かしい気分になれたよ」

「いやいや、僕もこんな格好してますけど、まだ大学生なんで」

「ああ、そういう言い方も顔つきもあの人にそっくりだ。あの時もそう言ったんや。まだ大学生だろってな」

そう言うと、その老人は店を出て行った。

利夫さんはその時は何の気なしに聞いていたが、後で事件関係の書籍を読み、ぎょっとしたそうだ。

あさま山荘事件。一九七二年二月、十日間の攻防にて連合赤軍を名乗る革命兵士達が逮捕された場所だった。その後、その連合赤軍リーダーを筆頭に、榛名山などで仲間内の「総括」と呼ばれた壮絶なリンチにより、十四名を殺し遺棄していたことがわかった。立てこもったのは未成年二人を含む男性五人だった。

そして、その実行犯五人のうち二人が刑執行中、死刑執行前で刑務所、拘置所の中だった。もう二人は未成年のため刑期を終えて娑婆(一般社会)で暮らしている。

そしてもう一人の男、「B」は逮捕後に赤軍派の要請を受け、海外に逃げている。彼は国外にて、その後ダッカ事件などハイジャック事件も関与した。

Bだけが国外逃亡しており、今も指名手配中である。

余談だが、Bは重信房子の側近と言われていたが、重信房子自身は二〇〇〇年に大阪に潜伏しているところを逮捕された。

次の日、前述のもう一人の六十歳位のおじさんが家に遊びにやってきた。

珍しくその日は他の仲間が来ず、その目つきのするどいおじさんと二人だけで飲むことになった。すると、そのおじさんも自分のことを話し始めた。

意外な事実をまた知る事になった。

「黙ってたけどな、俺、実は刑事なんだよ。東京のね」

そう言うと、警察のマークのある手帳を見せた。そして笑って酒をあおった。

「お前のとこに不審人物が出入りしているって情報を掴んでたんだよ。変なお客来なかったか?」

利夫さんは口をつぐんだ。昨日の老人と言い、この刑事と言い、自分の身分を明かさずに近づいてきていることに、やや不快感があった。

「何で僕なんかをマークするんですか?」

「ビデオショップは怪しいのが出入りするからね。少し情報があってね、今東京ではサリン事件で大騒ぎなんだよ。その実行犯の中にある組織の関係者がいるという話があってね。潜伏先がこの付近との情報があったんだよ」

「それなら他のビデオ屋にも出入りしてるでしょう?」

「いやね、似てるんだよ。君が、昔の、ある組織のリーダーだった男とね。僕も長年警察にいるせいで、一度会ったことがあるんだよ」

「その話、昨日のお客さんからも聞きました」

と、つい飲み仲間気分で利夫さんが口にすると、刑事は豹変した。

刑事というものは、この一瞬の、口を割ったときに対する執念はすさまじい。

「何だって? どんな奴か言え。それを言ったのは。名前は? 住所は? ここにも来てたか? 店に来てた客だな?」

あまりの剣幕に、まだ若い利夫さんは言わざるを得なかった。今の様に個人情報の管理がうるさくない時代だった。会員証の名前と年齢だけを伝えた。

「そうか、それでなんて言ったんだ? どこから来たって言ってた!?」

恫喝に近い尋問が始まったようで、大きな体の利夫さんも震え上がった。

「海外に拠点があって、一か月くらい日本に滞在して、また戻るって言ってました。軍隊を持ってるそうで……」

ある程度話すと、刑事はメモを取ってしっかりと聞いてきた。

どうやら警察は不審人物がビデオショップに集まるという法則を見出しているようだった。

今の様にインターネットもそう普及しておらず、娯楽としてはビデオが一番だったからだ。店にも警察官の巡廻はある。

「ってことは、俺はその男にこの家や店で会うこともできたんだな、しくじったな……。似顔絵を書いてくれ」

「僕、絵は下手なんですけど」

「いいから書け」

強引にあの老人の絵を描かされた。あの精悍な老人の顔を。

「これは……わかった、あいつかもしれない。ありがとう、また来る」

刑事は署に連絡する、と言って部屋を出て行った。

だが、その後、その刑事のおじさんは戻ってこなかった。

そして、二度とビデオ屋にも現れなかった。

「不思議なんですよ。この刑事に似顔絵を渡した途端、現れなくなったんです」

筆者はそこまで話を聞いて、こう思った。

もし自らを『逃亡者』と言った老人がBだったとしたら、その後、世界中で起きたテロに何か関与しているのではないか、とも感じた。

そして、そこまでの軍事訓練をしている猛者なら、似顔絵を持った刑事などいとも簡単に消す(殺す)ことができるんじゃないだろうか、だから現れないのでは……と思うし、Bは指名手配中のままで、帰国すれば直ちにあさま山荘事件のリーダー・坂口弘の死刑が執行されるとも言われている。

四十代後半になった現在の利夫さんにまた似顔絵を描いてもらった。

その絵は指名手配中のメンバーの写真に似ている気もする。

だが決定的な証拠にはならない。

もう随分老けていて、同じ人物でも二十代と五十代では容姿が違ってしまうこともある。

二人の男が同じころに利夫さんのところへやってきて、自分の話をして消えた。

もしかして、と思い、あさま山荘事件の前に群馬のベースで、リンチ殺人により亡くなった十四人の仲間の写真を見せた。

「いませんね」

やはり、違ったか……。老人は死霊ではなさそうだ。

すると、ネットで写真検索していた利夫さんが叫んだ。

「この人、この人だと思う!」

その写真は、指名手配の写真のBでなく、逮捕時の頃の写真だった。

利夫さんはこれまで全くそうした写真を見て来なかったので、

「懐かしい、この人の面影がある」

と話した。

もちろん、利夫さんと会った時点でも、日本にいるはずがない人だ。

「あの、この人もう死んでるかもしれませんよね。あの時の人ももしかすると幽霊かもしれませんよ」

急に利夫さんの顔色が悪くなった。

「でも、死んだ人とは思えないです……。本当に自由そうで、生き生きしてたんですよ、あの人。七十歳には見えない、五十歳くらいで……」

「あの事件の関係者なら、当時五十歳くらいですよ」

ますます利夫さんの顔が青ざめた。

逃亡者のことは筆者に会うまで全く知らなかったようだ。

利夫さんが会った老人の特徴を話してもらい、似顔絵の描ける絵師に書いてもらったものを後のページに公開する。

利夫さんが約二十年前に会った「あさま山荘事件」の関係者と言った人物。

読者のみなさんはどう思われるだろうか。

この長野にもう一度、彼は現場を見に戻ってきたのだろうか。

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