バルコニーの女(長野県松本市) | コワイハナシ47

バルコニーの女(長野県松本市)

「親の面倒も看なくちゃいけないので、二世帯住宅を考えていたんです」

七年ほど前のある日、松本市内に住むBさんは妻と子どもを連れて、近所に新しく完成した住宅展示場に行ったそうだ。

「どれも一流住宅メーカーが手がけた立派な家ばかりで、購入するのは現実的ではなかったんですけどね。それでも一応、参考にしようかなと思って。まあ半分冷やかしみたいなものでしたが」

各メーカーの営業マンたちの説明を聞きながら、順番に見てまわった。

子どもは走りまわってはしゃいでいる。それを妻は叱るが、心ここにあらずという感じで、どの家に入っても、すぐにキッチンを見に行きたがっていた。

自宅に帰って夕飯を食べた後、パンフレットを広げながら、妻と見学した家の話になった。

「見てきたなかで、どの家がよかったかと訊いたら、珍しく僕と意見が一致しました。外観もいいけど間取りの感じもよかったよね、などと話していたのですが─」

バルコニーで、女のひとが外を向きながらうつむいていたのが妙に気になった。と妻が言った。

Bさんもバルコニーは見たはずだが、妻が言うような女性は眼にしていない。第一、自分たち以外に客はいなかったはずである。

「そんなひといなかったよ、と言っても、『そんなことない、絶対にいたわよ』と妻は言い張るんです。そこまで言うならいたんだろう、と僕が折れました。その女のひとは住宅メーカーの社員だったんじゃないか? というと─」

「ジーパンを穿いてたわよ」と、妻は答えたという。

女性の格好に関してはよくわからないが、それ以上追及することでもないだろうと、その話はそこで終わりにした。

その翌日の朝。

出勤のため駅に向かうBさんは、住宅展示場の前を通りかかった。

立ちどまり、妻と意見が合った家を遠巻きに眺めてみる。

外観は申し分ない。洒落たファサードの感じも気に入った。昨日感じたように、やはり理想的な家に思えた。

(予算があれば、この会社に施工を頼みたいところなのに)などと考えていると、正面から見える二階のバルコニーに女性がひとり立っていた。うなだれているような姿勢をとっている。

時計を見ると朝の七時を指していた。この家がオープンするのは十時からのはずだ。

あの女性が、昨日妻が言っていた人物なのだろうか。

時間が時間だけに客とは思えない。となると、あの女性はメーカーの社員なのだろう。──そう思ったが、妻が言っていた通り女はジーパンを穿いている。労働時間中に社員がそんな恰好をしているわけはない。

ひょっとして、昨日からずっとあの場所に立っているのだろうか?─ふと、そんな馬鹿げたことが頭をよぎった。

その後、会社で仕事をしていても、なぜかバルコニーの女のことが気になって仕方がなかった。

仕事が終わり帰宅すると、真っ先に朝の出来事を妻に話してみた。

すると、やっぱりね、と妻は言った。

「『あれは絶対に幽霊よ』、というんです。霊感体質とまではいいませんが、妻は時折そういうものを見てしまうそうで。私はいたって鈍感なほうですから、そういうものは見たことがありませんでしたが、もし妻が言うことが本当なら初めて見たことになりますね」

妻の言葉をまともに信じたわけではないが、そう考えてみると、にわかにあの家のことが気味悪くなった。

その数日後。

帰宅するなり、妻がこのようなことをいった。

「今日幼稚園のお迎えに行くとき、自転車で住宅展示場の前を通ったんだけど─」

その時、あの家を見たのだという。

「見ちゃダメと思うと、余計に気になっちゃったの。バルコニーにまたあの女のひとがいたらどうしようって─」

が、女の姿はなかった。ホッと胸をなでおろした瞬間、バルコニーの欄干から一本の白い紐がぶら下がっている。

その先に女はいた。─が、立っているのではない。ゆらゆらと揺れているのだ。

「思いっきりペダルを漕いだわよ。もうあの道は通りたくないわ」

叫ぶように妻はそう言った。

それにしても、造られてから誰も住んでいないモデルハウスに、なぜそんなものが現れてしまうのか?

ひょっとして家そのものではなく、家が建てられている土地になにかがあるのではないだろうか。

住宅展示場になる前、あの場所がどのようだったのか、Bさんは必死になって思い出そうとした。

「なにかが取り壊されて更地になっていたところに新しい建物ができると、そこが以前どんな土地だったか、思い出せないことってありませんか? やはりモデルハウスがある土地がそうでした。僕だけかと思っていましたが、妻も『わからない、全然思い出せない』と言うんです」

なにかとてもよくないことがあった気がするのですが、と最後にBさんは語った。

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